【知的財産高等裁判所 / 2026年08月18日】令和7年(ネ)第10070号 - 特許権侵害差止等請求控訴事件(原判決取消・被控訴人の請求棄却)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「ランプ」とする特許権(特許第6944719号[本件特許1]及び特許第7227646号[本件特許2])を有する被控訴人(第1審原告:株式会社ホタルクス)が、控訴人(第1審被告:細渕電球株式会社)による製品の製造、使用、販売等が本件各特許権を侵害すると主張して、特許法100条1項及び2項に基づき、控訴人製品の製造・使用・販売・販売の申出の差止め及び廃棄を求めた事案である。
原審(東京地方裁判所)は、控訴人製品が本件特許1の請求項1(本件発明1-1)の技術的範囲に属し、無効理由も認められないとして被控訴人の請求を認容したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。

2. 判決の主文

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1(新無効主張の許否):控訴審において控訴人が新たに主張した無効の抗弁(乙9・乙10公報に基づく主張)が、審理を不当に遅延させるものとして却下(特許法104条の3第2項)されるべきか。
  • 争点2(進歩性の欠如・無効の抗弁):本件各発明(発明1-1、1-2、2-1、2-2)が、乙10公報(特開2015-69708号公報)記載の発明及び周知技術・副引例(乙12等)に基づいて当業者が容易に想到できたものか(特許法29条2項、同104条の3第1項)。
  • 争点3(訂正の再抗弁の成否):被控訴人による特許請求の範囲の訂正(「熱移送手段は、熱伝導素材で形成された熱伝導部材である」旨の限定付加)により、乙10発明に基づく進歩性欠如の無効理由が解消されるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 無効の抗弁の却下申立て(特許法104条の3第2項)について
控訴人が控訴審で新たに主張した乙9・乙10公報に基づく無効の抗弁は、原判決を踏まえ控訴理由書において提出されたものであることに照らし、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものとは認められないとして、被控訴人の却下申立てを排斥した。

(2) 乙10発明に基づく本件各発明の進歩性欠如(特許法29条2項)

  • 本件発明1-1について: 乙10公報に記載された照明装置(乙10発明)と本件発明1-1を対比すると、①光透過性カバーの有無(相違点10-1)、②LEDが複数であるか(相違点10-2)、③筒状リフレクタの配置関係(相違点10-3)において相違する。
    • 相違点10-1:屋外・進入灯等に用いられる照明装置において風雨や塵埃進入を防止するために光透過性の前面カバー(乙12公報記載)を設けることは自明な課題・構成であり、容易想到である。乙10発明の開口は放熱上必須とまではいえず阻害要因はない。
    • 相違点10-2:同一技術分野である乙12公報に記載された「多数のLEDを実装したCOB型LED」を採用することは当業者が容易に想到し得た。
    • 相違点10-3:乙10発明のリフレクタも光照射側に配置される部分を含み実質的相違とはいえず、仮に相違するとしても乙12公報の反射鏡配置を適用することは容易想到である。
    また、本件発明1-1の効果も当業者が予測し得た範囲を出ないため、本件発明1-1は進歩性を欠く。
  • 本件発明1-2、2-1、2-2について:
    • 発明1-2、2-2(航空機着陸誘導閃光装置への用途):乙10公報自体に滑走路進入灯・閃光灯等への適用が開示されているため容易想到である。
    • 発明2-1(筐体に接続部を有する構成):配線接続のための接続部(コネクタ)を筐体に設ける構成は周知技術(乙5、乙14)であり、容易に適用可能である。

(3) 訂正の再抗弁(争点7)について
被控訴人は、構成要件として「前記熱移送手段は、熱伝導素材で形成された熱伝導部材である」を追加する訂正を主張したが、乙10発明に開示された「自励振動式ヒートパイプ」が熱伝導素材で形成された熱伝導部材であることは技術常識にすぎない。したがって、訂正後も相違点は解消されず、本件各訂正発明も進歩性を欠くため、訂正の再抗弁は理由がない。

(4) 結論
本件各発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから、被控訴人は本件各特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)。原判決を取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 控訴審における新規公報に基づく無効の抗弁と104条の3第2項: 原審で認められなかった無効論に対し、控訴審で新たな主引例(乙9、乙10)を提出した場合でも、原判決の判断を踏まえて控訴理由書で速やかに提出されている限り、「審理を不当に遅延させる目的」とは認定されず、適法な防御方法として許容される実務傾向が維持されている。
  • 副引例の組み合わせにおける「動機付け・阻害要因」の主張の限界: 特許権者側は「主引例と副引例とで放熱構造の全体思想や課題が異なり、組み合わせに阻害要因がある」と主張したが、裁判所は「主引例に適用すべきなのは副引例の放熱機構そのものではなく、COB型LEDモジュールやカバー、リフレクタといった個別部品・配置構成である」と切り分けて判断し、阻害要因の主張を排斥した。部品単位の置換・転用における動機付け判断の実務的留意点を示している。
  • 技術常識・自明な文言の付加による訂正再抗弁の限界: 特許権者が無効理由を回避するために「熱伝導素材で形成された熱伝導部材」という上位概念的な限定を付加しても、引用例に開示された具体的部材(自励振動式ヒートパイプ)が技術常識上これに該当すると判断されれば相違点は解消せず、訂正による無効理由の解消(再抗弁)は認められない。無効回避のための訂正クレーム設計における実効性の検証が極めて重要であることを示している。

【東京地方裁判所 / 令和8年7月15日】令和5年(ワ)第70502号 - 特許権侵害差止等請求事件(配車アプリ「GO」における決済機能連携と特許発明の技術的範囲充足性)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(S.RIDE株式会社)は、発明の名称を「情報処理装置および方法、並びにプログラム」とする特許権(特許第5527045号。以下「本件特許権」、請求項9に係る発明を「本件発明」という)を有する特許権者である。
原告は、被告(GO株式会社)が提供するスマートフォン向けタクシー配車アプリケーション「GO タクシーが呼べるアプリ」(以下「被告プログラム」)が本件発明の技術的範囲(構成要件A〜D)に属し、被告による被告プログラムの作成・使用・譲渡等の行為が本件特許権を侵害していると主張した。
これに基づき、原告は被告に対し、特許法100条1項に基づく被告プログラムの作成・使用・譲渡等の差止め、および同条2項に基づく被告プログラムの抹消を求めて本訴を提起した。

2. 判決の主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1:被告プログラムの本件発明の技術的範囲への属否(侵害論)
    • 争点1-1(構成要件Aの充足性):被告プログラムにおける「d払い」決済機能の登録・連携が、構成要件Aの「前記アプリケーションで提供されるサービス」および「前記アプリケーションの処理により前記サービスを登録し」等に該当するか。
    • 争点1-2(構成要件AないしDの充足性):登録・生成・更新の各ステップが一連の処理として実行されているといえるか。
  • 争点2:本件特許の無効の抗弁の成否(特許法104条の3)
    • 乙8文献、乙11文献、乙9製品、乙14公報、乙15公報、乙16公報に基づく新規性・進歩性欠如、およびサポート要件違反(特許法36条6項1号)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、被告プログラムが構成要件Aを充足しないと判断し、その余の争点(争点1-2、争点2の無効の抗弁)について判断することなく、原告の請求を棄却した。判断ロジックは以下のとおりである。

(1) 構成要件Aにおける「前記アプリケーションで提供されるサービス」のクレーム解釈
本件発明の特許請求の範囲の記載上、「アプリケーション」と「サービス」の関係について直接的な定義付けはない。しかし、本件明細書の発明の詳細な説明(【0012】、【0014】、【0036】、【0346】等)を参酌すると、アプリケーション自体がサービスとされる機能を提供するものであり、他のサービスを利用する場合には当該サービスに対応するアプリケーションの追加が必要である旨が記載されている。
したがって、構成要件Aにおける「前記アプリケーションで提供されるサービス」とは、「アプリケーション自体がサービスとされる機能そのものを提供する場合」を指すと解するのが相当である。
(※原告は、第三者サーバと連携するサービスも含まれると主張したが、明細書中の追加登録に関する記載はアプリケーションとサービス自体の関係を拡張するものではないとして排斥された。)

(2) 被告プログラムの構成要件A非充足(当てはめ)
被告プログラムの決済機能(GO Pay)において「d払い」を利用する態様は、株式会社NTTドコモが提供する決済機能と連携してこれを決済手段として利用しているにすぎない。
したがって、「d払い」は被告プログラムが備えるアプリケーション(GO Pay)自体がサービスとして提供するものとは認められず、構成要件Aの「前記アプリケーションで提供されるサービス」を充足しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 外部API/サードパーティ決済連携機能における構成要件充足性の判断:
    現代のアプリケーションにおいて一般的である「第三者サービス(外部決済事業者等)とのAPI連携・機能統合」について、特許請求の範囲の「アプリケーションで提供されるサービス」という文言に包含されるかどうかが争点となった事案である。裁判所は、明細書の開示内容(UICCやカード内マネージャの背景技術・課題解決構造)を厳格に参酌し、「アプリケーション自身が機能を提供しているか」と「外部のサービスを連携・利用しているにすぎないか」を明確に区別して非充足と判断した。
  • クレーム解釈における発明の詳細な説明の参酌(特許法70条2項):
    出願時の技術的背景(ガラケー時代のUICC/チップ内での複数サービス管理等)に基づいて記載された明細書をベースに、後発のスマートフォン向け配車・決済連携サービスへ権利行使を試みた事例である。本判決は、クレーム文言が抽象的であっても、明細書の実質的な開示範囲(当業者が認識し得る技術的思想)を超えて権利範囲を第三者連携機能全般へと拡張解釈することを認めない実務的傾向を再確認させるものである。

【知的財産高等裁判所 / 2026年08月10日】令和7年(行ケ)第10103号 - 審決取消請求事件(眼内インプラント用の細胞増殖抑制性コポリマ事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「眼内インプラント用の細胞増殖抑制性コポリマ」とする特許出願(特願2019-569356号)の出願人である原告が、特許庁による拒絶査定不服審判請求不成立審決(不服2023-7349号)の取消しを求めた審決取消訴訟である。 特許庁は、本願発明の特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号所定のサポート要件を満たしていないとして請求不成立の審決をしたため、原告がその判断の違法を主張して提訴した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1: サポート要件適合性(特許法第36条第6項第1号)の判断の適否
    • 明細書に対象部位(眼内細胞)に対する直接的な実験データが示されていない場合において、作用機序に関する技術常識から当業者が課題解決可能性を認識し得るか。
    • 特許請求の範囲に記載された複数の第4級アンモニウム系塩モノマのうち、明細書に記載のない化合物を含む共重合ポリマの課題解決可能性の有無。
  • 争点2: 生体適合性に関する審決の判断枠組みの適否

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) サポート要件の判断基準
裁判所は、知財高裁大合議判決の確立した規範に則り、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載とを対比し、「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」、また「その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か」を検討して判断すべきであると判示した。

(2) 本願発明の課題と明細書の記載内容
本願発明の課題は、「眼内インプラント手術後に、その表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を抑制するための、眼内インプラント用の細胞増殖抑制性ポリマを提供すること」にある。 これに対し、発明の詳細な説明の記載を検討すると、以下の不備が認められる。

  • 請求項に記載された5種の第4級アンモニウム系塩モノマ(MDPB、DMAE-CB、MAE-DB、MAE-HB、IDMA-1)のうち、MDPBについては「哺乳動物細胞の増殖を抑制する」旨の記載はあるものの、いかなる特性・作用機序に基づくものかの記載がなく、対象細胞の部位も不明である。
  • DMAE-CBについては細胞増殖抑制性に関する特性・作用の記載がなく、残る3種(MAE-DB、MAE-HB、IDMA-1)に至っては明細書に何ら記載がない。
  • これらモノマを共重合させたポリマを眼内インプラントに用いた際に、眼内細胞の増殖を実際に抑制したことを示す実験結果やデータ等の記載が皆無である。

(3) 技術常識による推論可能性の否定
原告は、第4級アンモニウム基の正電荷と細胞膜の負電荷の静電的相互作用という確立された作用機序に基づき、個別データがなくとも課題解決は推論可能であると主張した。 しかし、裁判所は以下の点を指摘し、原告の主張を退けた。

  • 第4級アンモニウム系化合物の細胞に対する作用は、カチオン性中心構造のみならず、疎水性構造やエステル構造等の影響を受ける。
  • 細胞の種類によって細胞膜の組成等は異なるため、化合物に対する感受性は様々である。
  • モノマが他のモノマと共重合されてポリマ中に固定化された場合、遊離状態の化合物とは異なり、ポリマ表面に存在するもののみが作用を及ぼすため、その作用の程度は実験的に確認されなければ予測できない。
したがって、出願時の技術常識を考慮しても、当業者が本願発明により課題を解決できると認識できる範囲にあるとは認められないとして、サポート要件違反(特許法第36条第6項第1号)を維持し、原告の請求を棄却した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 医療・材料バイオ分野における実験データの重要性とサポート要件
    一般的な化学構造上の作用機序(静電的相互作用など)が公知であっても、生体内の特定部位(眼内等)における標的細胞に対する特異的作用や、モノマを共重合・固定化した高分子状態における物性・薬理効果の発現は、予測性が低い技術分野に属する。そのため、具体的な実験例(実施例データ)を欠く場合、技術常識による推論のみでサポート要件をクリアすることは極めて困難であることを再確認した事例である。
  • 選択的記載(マーカッシュ形式等)と明細書開示の網羅性
    特許請求の範囲で複数の化合物群(本件における5種のモノマ)を択一的にクレームアップする場合、明細書中に全く言及のない化合物や作用機序の記載を欠く化合物が含まれていると、請求項全体としてのサポート要件充足性が厳しく否定される実務的リスクが示されている。明細書作成時における各選択肢の裏付け開示の要否を検討する上で重要な示唆を与える。

【知的財産高等裁判所 / 2026年8月10日】令和7年(行ケ)第10080号 - 審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被告(特許権者:中国科学技術大学)が保有する「三次元画像化可能な顕微鏡及び画像化方法」に関する特許(特許第7032817号)に対し、原告(ライカ マイクロシステムズ)が無効審判を請求したところ、特許庁が無効審判請求不成立(本件訂正を認容した上で特許維持)の審決をしたため、原告がその審決の取消しを求めた事案である。

【主な事実経過】

  • 特許出願・登録:2016年12月6日出願(優先日:2016年10月26日・中国)、2022年3月1日設定登録。
  • 特許無効審判請求:原告が2023年5月25日に無効審判(無効2023-800031号)を請求。被告は訂正請求(本件訂正)を実施。
  • 特許庁審決:2025年4月7日、本件訂正を認めた上で「審判の請求は成り立たない」との審決。
  • 本訴提起:原告は審決取消事由として、進歩性欠如に係る相違点認定の誤り(取消事由1)およびサポート要件違反の看過(取消事由2)を主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1(取消事由1:相違点の認定及び容易想到性判断の適否): 本件発明1等と主引用文献(甲1:diSPIMに関する文献)との相違点2(試料と励起・検出装置との相対運動速度が「0.1mm/s以上」である点)に関し、甲1の開示内容から実質同一であるか、または当業者が容易に想到できたか。
  • 争点2(取消事由2:サポート要件適合性): 本件発明10に記載された「走査解除手段(デスクキャン手段)」が、特許法第36条第6項第1号(サポート要件)を満たしているか(用語の意義が不明瞭で発明の詳細な説明に記載がないといえるか)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 相違点2に関する進歩性の判断(取消事由1:不採用)

  • 甲1の記載内容の評価: 原告は、甲1に「0.1mm/s」の実装や低速による量子化誤差の改善動機が開示されているため相違点2は実質同一または容易想到であると主張した。しかし、甲1の該当箇所における「0.1mm/s」は、ステップサイズを推定するために便宜上用いた「仮定のステージスキャン速度」にすぎず、実際の測定・実装速度ではない。
  • 動機づけの否定: 甲1中の「低速のステージの量子化誤差」という言及は、計算値と測定値の不一致の原因として推測される複数の要素の1つとして例示されたにすぎない。したがって、甲1から「0.1mm/s以上の速度に向上させること」についての示唆・動機づけは認められない。
  • 結論:相違点2は実質同一ではなく、容易想到ともいえないため、本件各発明の進歩性を肯定した審決の判断に誤りはない。

(2) サポート要件適合性の判断(取消事由2:不採用)

  • 請求項及び明細書の文脈的解釈: 原告は「走査解除」が一般的用語ではなく「走査している状態を止めること」としか解釈できないと主張した。しかし、請求項10及び明細書の記載から、「走査手段」が励起光束を走査するものである以上、それと同期作動する「走査解除手段」の対象も光であり、「光が走査されている状態を走査されていない状態に戻す(デスクキャンする)手段」を意味すると解するのが合理的である。
  • 明細書の開示: 明細書中には、共焦点走査型画像化の構成において励起光路と検出光路で共用される2次元走査手段(ガルバノミラー等)が記載されており、当業者であればこれが走査解除手段に該当することを十分に理解できる。
  • 結論:本件走査解除手段は発明の詳細な説明に実質的に記載されており、サポート要件に違反しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 引用文献中の「仮定値・推測要因」に基づく容易想到性主張の限界: 先行技術文献に特定の数値(本件では0.1mm/s)や課題要因(量子化誤差)が記載されていても、それが計算上の仮定値や単なる推測要因の列挙にとどまる場合、実質的開示や設計変更の動機づけ・示唆として認定されないことが再確認された。数値限定発明の進歩性を争う際、引用文献の文脈(実測値・推奨値か、単なる計算パラメータか)を厳格に分析する必要がある。
  • 特許請求の範囲における新規・非慣用専門用語のサポート要件判断: クレーム上の用語(「走査解除」)が一般的な専門用語として定着していない場合であっても、明細書の技術的文脈および当業者の技術常識(共焦点顕微鏡における光路・デスクキャン光学系の共通認識)に照らしてその技術的意義・具体的態様が一義的に理解できるのであれば、サポート要件(特許法36条6項1号)は満たされるという標準的解釈枠組みを示している。

【知財高裁 / 令和8年8月10日】令和7年(行ケ)第10110号 - 審決取消請求事件(特許法36条4項1号・実施可能要件違反等)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(特許権者)は、発明の名称を「温調装置及び温調装置用静電整流器並びに温調装置の効率改善方法」とする特許(特許第6906213号。以下「本件特許」)を有していた。被告が無効審判を請求したところ、特許庁はサポート要件違反(特許法36条6項1号)及び実施可能要件違反(同法36条4項1号)を理由として「本件特許を無効とする」旨の審決(無効2023-800073号)をした。
本件は、原告が同審決の取消しを求めて提訴した事案である。原告は、明細書に課題、構成、一定のモデルに基づく作用効果が記載されており、実施例のデータもあるため当業者が過度の試行錯誤なく再現できると主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: サポート要件の適合性(取消事由1):本件明細書の記載および技術常識から、パルス状減衰波信号によりクラスターを分解・縮小して冷媒流動性を改善するという課題解決が認識できる範囲にあるか。
  • 争点2: 実施可能要件の適合性(取消事由2):当業者が、明細書の記載および出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく本件発明を実施(物の生産・方法の使用)できる程度に記載されているか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、取消事由2(実施可能要件)について検討し、以下の理由から原告の主張を退け、請求を棄却した(取消事由1は判断を省略)。

  • 規範の定立(実施可能要件):
    特許法36条4項1号の要件を満たすためには、当業者が明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、物の発明においては物の生産等を、方法の発明においては方法の使用をすることができる程度の記載を要する。
  • 作用機序の不明確性:
    本件発明は「パルス状の減衰波信号により媒体管内の極性媒体に和電子を供給してクラスターを小さくする」という作用機序を中核とするが、本件明細書自体に「推論の部分もある」と記載されており、出願当時の技術常識からもそのような知見の存在は不明である。
  • 実施例の不適合(クレーム構成との乖離):
    本件発明が「静電整流器を媒体管に接続しパルス状減衰波信号を媒体管に伝達する」構成であるのに対し、明細書記載の実施例は「水を満たした水槽内に電極を投入して評価したもの」であり、信号供給手段が異なる。したがって、当該実施例は厳格な意味での実施例とはいえず、本件発明の効果を裏付けるものとは認められない。
  • 設計事項性の否定:
    目的達成のために不可欠な電圧等のパラメータ調整について明細書に記載がなく、作用機序自体が不明である以上、当業者が技術常識に基づいて適正な調整を行い得るとも、それが単なる設計事項であるともいえない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 未確立なメカニズムに基づく発明における開示レベル:
    技術常識上確立していない独自の作用機序(水や冷媒の「クラスター分解」等)に依拠する発明については、単に推論モデルを提示するだけでは足りず、その作用機序や効果を裏付ける具体的・実証的なデータを開示しなければ実施可能要件違反(およびサポート要件違反)を免れないことが改めて示された。
  • クレーム構成と実施例の整合性:
    試験系(水槽に電極を投入するモデル試験)がクレーム上の特定構成(媒体管に直接接続して信号伝達する構造)と乖離している場合、その実験結果はクレーム発明の効果を裏付ける「実施例」として評価されないリスクがある。明細書作成実務においては、クレームの物理的・電気的接続態様と厳密に一致させた実施例データを盛り込むことが極めて重要である。

【知財高裁 / 2026年07月30日】令和8年(ネ)第10035号 - ウナギ加工品売買代金支払請求控訴事件(特許権侵害および不完全履行に基づく相殺抗弁の成否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被控訴人(原告・中国法人)が、控訴人(被告・日本法人)に対し、両者間で締結されたウナギ加工品の売買契約(本件各売買契約)に基づき、未払売買代金合計71万3,249.92米ドルおよびこれに対する訴状送達日翌日(令和6年3月29日)から支払済みまで中国法所定の年4.485%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し控訴人は、原審において、①被控訴人による特許権侵害(食品用台紙に関する発明の技術的範囲属否が問題となったもの)を原因とする損害賠償請求権、および②別件のウナギ加工品売買契約(本件対象契約)における債務不履行(死んだウナギを加工品に使用したこと等による不完全履行・品質不適合)を原因とする損害賠償請求権を自働債権とし、本訴代金請求権を受働債権として対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。

原審(東京地裁)が控訴人の相殺の抗弁をいずれも排斥して被控訴人の請求を全額認容したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。

2. 判決の主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許権侵害に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁の成否(原告製品の本件特許発明の技術的範囲属否)
  • 争点2: 売買契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁の成否(死んだウナギの使用等の不完全履行および損害の有無・因果関係)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、原判決の判断を引用・承認した上で、控訴人が当審において提出した補充主張を以下の通り排斥し、本件控訴を棄却した。

(1) 争点1(特許権侵害に基づく相殺抗弁)について

本件特許発明における「板紙の秤量」とは、食品用台紙のうち「撥水性層を有する上面部及び下面部」を含まないものの坪量(1㎡当たりの用紙1枚の重量)を意味するものと解釈される。控訴人が証拠として提出・測定した食品用台紙が被控訴人製品(原告製品)に係るものであるか否かにかかわらず、原告製品における「板紙の秤量」が本件発明の数値限定(960~1440g/㎡)を満足し、技術的範囲に属することを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
したがって、特許権侵害に基づく損害賠償請求権は成立せず、これを自働債権とする相殺の抗弁は理由がない。

(2) 争点2(債務不履行に基づく相殺抗弁)について

控訴人は、被控訴人が死んだウナギを仕入れて加工・販売したことにより不完全履行があったと主張するが、提出された加工現場の動画(乙10等)を見ても、加工対象のウナギが仮死状態(氷水浸漬)であるのか既に死んだものであるのかは判然としない。また、関係者間のチャットやり取りや陳述書も、クレームや死んだウナギの加工に関して抽象的・断片的に言及するにとどまり、本件目的物が契約上定められた品質・水準に適合していなかったことを具体的に認定するに足りない。
さらに、後日公表された被控訴人の食品衛生法違反の事実も本件契約後の出来事であり具体的内容も不明であるほか、控訴人が取引先に対して販売単価を減額せざるを得なかった要因が被控訴人の供給した製品の品質に起因するものであると認める証拠もない。
したがって、債務不履行およびこれにより損害が発生した事実を認めることはできず、これを自働債権とする相殺の抗弁も理由がない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

① 特許発明の技術的範囲属否における主張・立証責任の厳格性
特許権侵害を理由とする損害賠償請求(あるいはそれを自働債権とする相殺抗弁)を主張する際、対象製品の特定のみならず、クレーム(特許請求の範囲)の解釈に照らした構成要件充足性の立証が厳格に求められる。本件のように「板紙の秤量」から特定の層(撥水性層)を除外して測定すべきとされる解釈下では、その定年に合致した的確な測定結果・証拠の提出がない限り、技術的範囲属否は否定されるという実務的厳格性が示されている。

② 国際売買取引における不完全履行(契約不適合)の立証限界と証拠価値
買主(輸入業者)が売主(輸出業者)の原材料不良や製造態様を理由に債務不履行・契約不適合を主張する場合、工場内の動画、関係者のチャットログ、従業員の陳述書といった定性的・伝聞的証拠のみでは不十分と判定された。特に食品取引等において品質欠陥を主張する場合には、不適合の客観的・具体的な特定(科学的分析結果や受領時の検品記録等)およびそれと主張損害(転売先の減額請求等)との直結する因果関係の立証が不可欠であることを示す実務上重要な事例である。

【知財高裁 / 2026年07月29日】令和7年(ネ)第10081号 - 特許を受ける権利の確認請求控訴事件(特許を受ける権利の譲渡合意の成否および負担不履行に基づく無催告解除の可否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、本件各発明(量子ドット技術等に関する発明)の共同発明者である控訴人ら(X1、X2)が、本件各発明について特許出願(本件各出願)を行った被控訴人(zSustainergy株式会社、旧商号:株式会社QDジャパン)に対し、控訴人らが本件各発明に係る特許を受ける権利の共有持分(各2分の1)を有することの確認を求めた控訴事件である。

【事実経過の要約】

  • 当事者関係:控訴人X2は被控訴人を設立して代表取締役に就任し、その後辞任・取締役解任された。控訴人X1は被控訴人の技術顧問(CTO)であった。被控訴人は量子ドット技術の研究開発・事業化を目的とする法人である。
  • 出願の経過:被控訴人は、控訴人らを共同発明者とし、被控訴人を出願人として本件各出願(本件基礎出願1〜3を含む)を行った。出願時、控訴人らは代理人弁理士に対し明細書等の補正を求めたものの、出願人欄が被控訴人となっている点につき異議・指摘をしなかった。
  • 契約の交渉:対価や新株予約権等の割り当てに関する契約書案(本件契約書案)の協議がなされていたが、控訴人らと被控訴人との間で正式な署名・押印のある契約書は締結されなかった。
  • 控訴人らの追加主張(解除の意思表示):控訴人らは当審において、本件譲渡は「被控訴人において研究開発環境を設定・維持すること」等を前提条件とし、将来の売上に応じた対価契約を締結する合意の下で行われた負担付きのものであると主張。被控訴人が事業を全面的に廃止し債務を履行しなかったとして、民法542条1項5号に基づき、控訴理由書をもって無催告にて本件譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。

2. 判決の主文

1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許を受ける権利の譲渡合意の成否およびその内容・前提条件(無償譲渡か、対価合意・研究開発環境設定維持等を確約する条件付き譲渡か)
  • 争点2: 債務不履行(民法542条1項5号)に基づく譲渡契約解除の成否(被控訴人の履行すべき債務の内容の特定性および履行不能・不履行の有無)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、控訴人らの請求を棄却した原判決を妥当とし、控訴人らの控訴をいずれも棄却した。

(1) 譲渡合意の成立と主張された合意内容の不認容

控訴人らは、出願手続において被控訴人が出願人として記載されていることに異議を述べなかったことから、出願時までに特許を受ける権利の譲渡合意が成立していたと認められる。

控訴人らは「研究開発環境の設定維持を必須条件とし、将来的に売上の5%等を支払う確定的契約の締結を合意した」旨主張し、事業計画書や対外向け資料、契約書案等を根拠として提出した。しかし、以下の理由から、控訴人らの主張する合意内容(特約・条件)を認めることはできない。

  • 控訴人X2は当時唯一の取締役であり、また第三者(E)から正式な契約成立を勧告されていたにもかかわらず、結局正式な契約書は締結されなかった。
  • 量子ドット技術の実用化には長期の研究開発と多額の資金を要し、設立時点で資金調達の目処は立っておらず、事業化の成否・時期は性質上不確定であった。
  • 控訴人らの主張によっても、譲渡の前提となる条件や、被控訴人がどのような設備・資金・人員等をどの時点で確保維持すべきかという「履行すべき債務の内容」が極めて抽象的であり、具体的に特定されていない。

(2) 負担の内容の特定性と債務不履行解除の否定

仮に本件譲渡が「量子ドット技術の事業化を図る」という負担付きのものであったと解する余地があるとしても、その負担(債務)の内容は依然として不明確・不特定といわざるを得ない。控訴人らの主張する負担は、単に事業が継続することへの期待にすぎない。

さらに、被控訴人は実際に出願・出願審査請求を行い、新役員らによる資金調達交渉等の働きかけが行われ、買収(支配株主の変更)後も会社が存続して技術活用の事業継続が予定されている。したがって、被控訴人が事業を全面的に廃止し、債務を履行しなかった(履行不能に陥った)と認めることはできない。

以上より、民法542条1項5号に基づく解除は認められず、控訴人らが特許を受ける権利の共有持分を有することの確認請求は理由がない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. スタートアップ・創業者間における「特許を受ける権利の譲渡」の認定基準
創業者や共同発明者が会社設立期に発明を出願する際、出願人欄を会社名義とすることに異議を唱えず手続を進めた場合、裁判所は「特許を受ける権利の会社への譲渡合意」が成立したと事実上推認する。出願後に人間関係の悪化や解任等が生じても、これを覆すことはきわめて困難である。

2. 負担付譲渡における「負担(債務)」の特定性と解除の要件
譲渡契約の「負担不履行」や「債務不履行解除(民法542条等)」を主張するためには、譲受人が負うべき具体的な債務内容(どのような体制・資金・設備を・いつまでに確保・維持すべきか)が客観的に特定されている必要がある。「事業化に尽力する」「研究環境を維持する」といった抽象的な期待や了解程度では、法的効力のある債務(負担)とは認められず、これを理由とした契約解除は認められない。

3. 企業法務・知財実務における予防法務上の留意点
大学発ベンチャーやスタートアップにおいて、発明者(研究者・創業者)から会社へ知的財産権を移転する際は、事後に「研究開発の継続が条件だった」「将来の還元約束があった」といった紛争が生じないよう、職務発明規程の整備や、権利譲渡対価・ライセンス還元・新株予約権付与等に関する確定的な契約書(IP譲渡契約・成功報酬契約等)を出願前に早期締結しておくことが不可欠である。

【知財高裁 / 2026年07月29日】令和7年(行ケ)第10077号 - 審決取消請求事件(電池の端子・集電構造に関する特許無効審判不成立審決の取消請求棄却事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者である被告(株式会社GSユアサ)の有する発明の名称を「電池」とする特許権(特許第5713127号。以下「本件特許」)に対し、原告(エリーパワー株式会社)が特許無効審判(無効2023-800072号)を請求したところ、特許庁が訂正を認めた上で審判請求を不成立(特許維持)とした審決(以下「本件審決」)の取消しを求めた審決取消訴訟である。

本件特許権は令和4年5月27日に存続期間満了により消滅している。また、被告が原告に対し提起していた別件の損害賠償請求訴訟においては、対象製品(蓄電システム13品目・電池パック1品目)について原告の特許権侵害及び無効理由の不成立を認め、被告の請求を一部認容する判決が確定している。 原告は、甲1発明に基づく新規性欠如(無効理由1)、甲1~甲3発明および周知技術に基づく進歩性欠如(無効理由2~4)、並びにサポート要件違反(無効理由6)等を理由に本件審決の取消しを主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点0(職権判断事項): 存続期間満了・別件訴訟確定後における訴えの利益の有無
  • 争点1(取消事由1): 甲1発明に基づく本件発明1及び5の新規性欠如(「端子接続部材」の解釈および相当性)
  • 争点2(取消事由2~4): 甲1~甲3発明および周知技術に基づく本件発明の進歩性欠如(周知技術適用の動機付けおよび課題共通性)
  • 争点3(取消事由5): サポート要件違反の有無(特許法36条6項1号)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 訴えの利益について(肯定)

特許権の存続期間満了後であっても、特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り、特許無効審判請求及びその審決取消訴訟の利益は消滅しない。訴えの利益が消滅したというためには、「原告に対し、損害賠償等の請求や刑事罰が科される可能性が全くなくなったと認められる特段の事情」が必要である(大知財高判平成30年4月13日参照)。
本件では、別件訴訟で認容判決が確定しているものの、対象製品以外の製品について存続期間中に原告が製造販売していた可能性を否定できないため、特段の事情は認められず、訴えの利益を認めた。

(2) 取消事由1(甲1発明に基づく新規性欠如)について(理由なし)

本件発明1の特許請求の範囲の文言上、「端子接続部材」は外部接続端子と集電接続板との「間に配置」され、双方に接続される構造を意味する。
これに対し、甲1発明における「ナット」は、円柱状端子部材(外部接続端子)を天板に固定するための部材であり、円柱状端子部材とL字板状のアングル部材(集電接続板)との間に配置されたものではない。したがって、甲1のナットは本件発明1の「端子接続部材」に当たらないとした審決の相違点認定に誤りはない。

(3) 取消事由2~4(進歩性欠如)について(理由なし)

原告は、鉛蓄電池における「貫通した極柱に導電部材を接続し外部ボルトを設ける構造」(本件構造)が周知技術であり、これが「外部端子への回転トルクによる内部破損防止」という課題(本件課題)の解決手段であるから、リチウムイオン電池等(甲1~甲3発明)に適用することは容易であると主張した。
裁判所は、鉛蓄電池において本件構造自体は周知であったと認めつつも、①本件構造が「本件課題の解決手段」として採用されていたと認めるに足りる証拠がないこと、②本件課題が二次電池全般に共通する課題であると認めるに足りないことから、当業者が甲1~甲3発明に本件構造を適用する動機付けを否定し、進歩性欠如の主張を退けた。

(4) 取消事由5(サポート要件違反)について(理由なし)

サポート要件適合性は、特許請求の範囲に記載された発明が、明細書に記載された発明で当業者が課題を解決できると認識できる範囲(あるいは技術常識に照らし認識できる範囲)であるか否かにより判断される。
本件明細書には従来の非水電解質二次電池における作製困難性・溶着不良・作業性悪化(問題①~③)が記載されており、本件発明の課題は「作製を容易にすることができる電池の提供」と認められる。明細書中に構成と各問題との対応関係が明示的に記載されていなくとも、本件発明の具体的構成(本体部を中央方向に水平延伸、接続板部を突設して未塗工部外側面と接合等)と対比すれば、当業者は上記課題を解決できると実質的に認識し得るため、サポート要件を満たすと判断した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 存続期間満了・侵害者敗訴確定後の訴えの利益
    別件の侵訴(損害賠償訴訟)で一部敗訴判決が確定し既判力が生じている場合であっても、「既判力の及ばない別製品についての権利行使の可能性」が理論上残存する限り、特許無効審判不成立審決に対する訴えの利益が否定されないことを実務上再確認した判例である。
  • 周知技術の適用による進歩性否定の主張・立証構造
    「ある構造(手段)が周知であること」のみをもって他分野・他発明への適用容易性を立証することは不十分であり、「その周知構造が特定の課題解決手段として周知であったこと」および「引用発明と周知技術との間で課題が共通していること(適用への動機付け)」まで厳格に立証・認定する必要がある点を示した。
  • サポート要件(課題解決可能性)の実質的解釈手法
    明細書内に「各発明特定事項がどの課題(問題点)をどのように解決するか」という明示的な文脈対比が記述されていない場合であっても、特許請求の範囲の具体的構成と明細書の課題を対比し、当業者が技術常識を踏まえて課題解決を理解できるかという観点から、柔軟・実質的にサポート要件適合性を認可している。

【知財高裁 / 2026年07月15日】令和7年(ネ)第10084号 - 画像表示方法および画像表示用プログラム特許に基づく不当利得返還請求控訴事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「画像表示方法および画像表示用プログラム」とする特許権(特許第5475856号。以下「本件特許権」)の元特許権者である控訴人株式会社サピエンス及び現特許権者である控訴人プラグインフリー・パテント・ホールディング株式会社が、被控訴人(LINEヤフー株式会社)の配信するHTML/JavaScriptのソースプログラムおよび地図画像データ等(被告地図プログラム)、並びにWebブラウザに地図を表示させる方法(被告地図表示方法)が本件特許の技術的範囲(本件発明1、2及び4)に属し、その配信が直接侵害又は間接侵害(特許法101条4号)を構成すると主張して、不当利得返還請求(一部請求)を求めた事案の控訴審である。

原審(東京地裁)が、被告地図表示方法は本件発明の構成要件を充足しないとして控訴人らの請求を棄却したため、控訴人らがこれを不服として控訴した。

2. 判決の主文

1. 本件控訴を棄却する。
2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 被告地図表示方法の本件発明1及び2の構成要件充足性(「各枠要素の原点の座標をそれぞれ演算」の解釈及び充足性)
  • 争点2: 被告地図プログラムの本件発明4の構成要件4Aの充足性
  • 争点3: 被告地図プログラムの配信による本件特許権の間接侵害の成否(特許法101条4号)
  • 争点4: 原審における弁論再開拒否等の手続的違法(審理不尽・裁量権逸脱)の有無

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、控訴人らの請求をいずれも理由がないとして控訴を棄却した。判断の具体的内容は以下のとおりである。

(1) 被告地図表示方法の本件発明1及び2の構成要件充足性(争点1)

本件発明1及び2の構成要件(1C, 1E, 1F, 2C, 2E, 2F)の「各枠要素の原点の(移動すべき)座標を(それぞれ)演算」との規定は、文字どおり各枠要素の原点の座標自体を演算することを意味する。
これをWebブラウザ上の処理にあてはめると、分割画像の移動において、他の要素による座標系を変更する演算ではなく、img要素(枠要素)自体の座標である「left, top」の値を演算することを意味すると解される。この解釈はクレーム文言に従ったものであり、特許法70条に反するものでも、最高裁判決(リパーゼ事件)が禁じる文言外限定を行うものでもない。

被告地図表示方法においては、ユーザが画面をスクロールした際、親要素であるdiv要素の「left, top」の値は変更されるものの、子要素であるimg要素はdiv要素と一体的に移動するため、img要素自体の「left, top」の値は一切変更されない。したがって、Webブラウザにより各枠要素の原点の座標が「それぞれ」演算・決定されていると認めることはできない。

(2) 本件発明4の構成要件4Aの充足性及び間接侵害の成否(争点2・3)

本件発明4の構成要件4Aは、本件発明1〜3のいずれかに記載の画像表示方法を実行させるプログラムであることを要件とするところ、被告地図表示方法は本件発明1及び2の技術的範囲に属しない。したがって、被告地図プログラムも本件発明4の構成要件4Aを充足しない。
同様に、対象方法が特許権の技術的範囲に属しない以上、被告地図プログラムの配信が「専らその方法の使用に用いる物」(特許法101条4号)の譲渡等に該当することもなく、間接侵害も成立しない。

(3) 原審の手続的違法について(争点4)

原審における審理経過に照らし手続的瑕疵は認められない。また、控訴人らが原審で取り調べられなかったと主張する新証拠についても、当審(知財高裁)において全て取り調べた上で判決の基礎としているため、審理不尽等の不服理由は採用できない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 文言主義に基づく厳密なクレーム解釈の徹底
    「~の座標をそれぞれ演算する」というクレーム表現に対し、DOM構造上の親要素(divタグ)の座標系を変更することで子要素(imgタグ)を一体移動させる技術構造は、クレーム文言通りの「各枠要素(子要素)自体の座標演算」を行っていないとして充足性が否定された。ソフトウェア・Web関連特許におけるデータ構造・処理対象の厳密な文言解釈の実務を示す例である。
  • 「文言外限定」主張に対する裁判所のスタンス
    特許権者側は「直接演算」という概念を持ち出すことがリパーゼ最高裁判決違反(文言外限定)であると主張したが、裁判所はクレーム文言通りの当然の解釈の範囲内であると判示し、クレーム文言の自然な解釈と文言外限定の切り分けを明確に示した。
  • 原審における新証拠採用拒否と控訴審での救済(手続面)
    原審における弁論再開拒否等の手続的違法性主張に対し、控訴審で当該証拠を取り調べて判断の基礎とすることで、原審の手続的瑕疵の有無にかかわらず審理不尽の論点を解消するという控訴審実務の標準的アプローチが採られている。

【東京地方裁判所 / 2026年07月14日】令和7年(ワ)第70116号 - トルクセンサ事件(特許権侵害差止等請求事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「トルクセンサ」とする特許権(特許第5710036号。以下「本件特許権」)を有する原告(株式会社ロボテック)が、被告(ミネベアミツミ株式会社)の製造・販売等する「低容量軸トルクメータ TMRS シリーズ」(以下「被告製品」)は本件特許の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害していると主張して、特許法100条1項に基づく被告製品の生産・譲渡・輸出等の差止め、および同条2項に基づく被告製品の廃棄を求めた事案である。
なお、本件特許は拒絶査定不服審判等を経て設定登録された後、訂正審判により「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」等の限定(以下「本件訂正」)がなされ、確定している。また、訴訟途中で独占的通常実施権者(ユニパルス株式会社)による不法行為に基づく損害賠償請求は放棄された。

2. 判決の主文

1. 被告は、別紙被告物件目録記載の製品(被告製品)を生産し、譲渡し、輸出し、譲渡のための展示その他の譲渡の申出をしてはならない。
2. 被告は、前項記載の製品を廃棄せよ。
3. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点(1) 被告製品の本件各発明の技術的範囲への属否
    • ア 「中空円盤形状」(構成要件1B、2B)の充足性(立体構造・切り欠きを有する基板の充足性)
    • イ 「電源回路」(構成要件1D、2D)の充足性(別系統の給電回路構成における充足性)
  • 争点(2) 本件発明1の無効理由の有無
    • ア 拡大先願(特許法29条の2・乙4発明)
    • イ 新規性欠如(特許法29条1項3号・乙5発明)
    • ウ 進歩性欠如(特許法29条2項・乙5発明)
  • 争点(3) 本件発明2の無効理由の有無
    • 進歩性欠如(特許法29条2項・乙5発明および乙6発明/周知技術)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 被告製品の本件各発明の技術的範囲への属否について(認容)

  • 「中空円盤形状」(構成要件1B、2B)の充足性:
    被告製品のロータ基板は、2枚の壁材(センサ側壁材・コイル側壁材)と8本の柱材が一体化した立体構造であり、外形にわずかな直線部(切り欠き)を有する。しかし、特許請求の範囲の「軸側基板」には「1枚の基板」との限定はなく、厚みに関する制限も存しない(明細書の実施例・図面に限定して解釈すべきではない)。また、直線部による切り欠きはごくわずかであり、なお「円盤形状」と評価できる。
    さらに、構成要件は形状それ自体を要件としており、作用効果の奏する否かは文言充足性の判断を左右しない(なお被告製品も毎分2万5000回転が可能であり偏心等の主張は根拠を欠く)。したがって、被告製品は「中空円盤形状」を充足する。
  • 「電源回路」(構成要件1D、2D)の充足性:
    本件特許の「電源回路」とは、外部から給電を受けて出力回路に供給するとともに回転トランスに給電する機能を有していれば足り、直流・交流等の変換機能に応じて回路を細分化し別個の電源回路と解する合理的理由はない。
    被告製品は、コネクタから電力の供給を受けて出力回路および回転トランスに供給する一体の構成を有しているため、「電源回路」に該当し、本構成要件を充足する。

2. 本件発明1の無効理由について(いずれも不成立)

  • 拡大先願(乙4発明):
    乙4文献に開示されているのは「電圧を周波数に変換(V/F変換)すること」のみであり、アナログ信号をデジタル信号に変換する機能についての記載も示唆もない。本件訂正により「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」と特定された本件発明1と乙4発明とは相違するため、同一発明とはいえず無効事由とはならない。
  • 新規性欠如(乙5発明):
    乙5文献のプリント回路基板14aには、本件発明1の「検出回路」(電子モジュール11)を実装することは記載も示唆もない。また、外部から供給された電力を出力回路に供給する「電源回路」や「検出信号を受信して外部に出力する出力回路」も開示されていない。したがって、新規性を有する。
  • 進歩性欠如(乙5発明):
    乙5文献には、検出回路の構成要素(電子モジュール)をスリーブから突出したプリント回路基板に設けることの示唆がなく、回転時の振動・ひずみの発生といった技術的阻害要因も存在する。当業者が容易に想到し得たとは認められず、進歩性を有する。

3. 本件発明2の無効理由について(不成立)

本件発明2についても、構成要件2B(軸側基板に検出回路が設けられている構成)において乙5発明と相違し、上記同様に当業者が容易に想到し得たとは認められないため、進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 構成要件の解釈と文言充足性(実施例による限定解釈の排除)
    クレーム上の文言(「中空円盤形状」)に対し、被告側は「1枚の平坦な真円基板」であることを前提に非充足を主張したが、裁判所は明細書の「実施例(図1等)」にクレーム解釈が制約されない原則を改めて厳格に適用した。立体構造(2枚の板を柱で連結)や外形の一部カット(直線部)が存在しても、全体として「中空円盤形状」の概念に含まれると判断した点は、機械・電子部品系特許の権利行使実務において参考となる。
  • 作用効果と構成要件充足性の切り分け
    「対象製品が特許発明の作用効果を奏していないため非充足である」という被告の主張に対し、裁判所は「構成要件が形状それ自体を要件としている以上、作用効果の有無は文言充足性の判断を左右しない」と明確に切り分けた。物同一性の判断における実務的ロジックとして重要である。
  • 機能的概念(「電源回路」)の広範な認定
    回路ブロック上、出力回路用と回転トランス用で電圧調整回路が分離・系統化されている構造であっても、外部からの単一給電口から双方へ給電する機能を一体として捉え、「電源回路」の充足を認めた。回路のブロック分割の工夫による権利回避(迂回実施)を許さない判断として実務上留意される。
  • 審判段階での訂正(ネガティブ・リミテーション)による無効回避の成功例
    出願人・特許権者が訂正審判において「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」という除外規定(ネガティブ・リミテーション)を設けたことで、V/F変換を開示する先願技術(乙4)からの差別化に成功し、法29条の2の無効主張を排斥できた戦略的事例である。

【東京地方裁判所 / 2026年07月03日】令和6年(ワ)第70400号 - 特許権侵害に基づく損害賠償請求事件(進歩性欠如による無効の抗弁認容・請求棄却判決)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「情報処理端末、情報処理装置、情報処理方法、情報処理プログラム」とする特許第7525968号の特許権者である原告(ビーサイズ株式会社)が、被告(株式会社MIXI)の提供する子供用見守りサービス「みてねみまもりGPS」(以下「被告サービス」)に使用されるGPS端末(被告製品「みてねみまもりGPSトーク」)、被告サーバ及び被告プログラム(以下「被告製品等」)が、本件特許の訂正後の請求項2、12及び18(以下「本件各訂正発明」)の技術的範囲に属し、被告による製造・販売・使用等の行為が本件特許権を侵害すると主張して、民法709条に基づき損害賠償金1億円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 被告製品等の技術的範囲属否(構成要件充足性)
    • 争点1-1: 「前記複数の選択肢のうちの1つは、着信音を鳴らさないことである」(構成要件1E、10D、17E)の充足性
    • 争点1-2: 「前記被見守り者用端末が携帯電話であるものを除く」(構成要件2E、12D、18C)の充足性
    • 争点1-3: 「設定指示と、を前記被見守り者用端末に送信する送信部と、」(構成要件17D)の充足性
  • 争点2: 本件特許の無効の抗弁の成否(特許法104条の3第1項)
    • 特に争点2-4: 乙2発明(ドリームエリア社「みもりMR-02A」に係る公然実施発明)を主引例とする進歩性欠如(特許法29条2項)の成否
  • 争点3: 訂正要件違反の有無(特許法126条1項ただし書・5項)
  • 争点4: 明確性要件違反の有無(特許法36条6項2号)
  • 争点5: 損害の発生及びその額

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 争点1(充足性判断)について

裁判所は、以下の理由から、被告製品等は本件各訂正発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属すると判断した。

  • 争点1-1(着信音を鳴らさない選択肢): 構成要件の「選択肢」とは見守り者用端末のユーザが選択可能な被見守り者用端末の報知パターンの選択肢を意味する。被告サービスは「通知音オフ」「チャイム通知音」「音声をそのまま通知」を選択でき、「通知音オフ」選択時もLED点灯により受診を報知するため、「着信音を鳴らさない」報知パターンの選択肢を有しており、構成要件を充足する。
  • 争点1-2(携帯電話の除外): 「携帯電話」とは同時的な音声でのやり取り(リアルタイム通話)をする装置を指す。被告製品はボイスメッセージの送受信のみで同時通話ができず、被告自身のウェブサイトでもキッズケータイと区別して宣伝されていることから「携帯電話」には該当しない。したがって、除外規定を充足する(=携帯電話以外の端末に該当する)。
  • 争点1-3(送信部の充足性): 構成要件17Dにおける「送信する」態様は、サーバを経由する態様と直に送信する態様の両方を含むと解される。被告プログラムはサーバ経由で被告製品に送信しているため、構成要件を充足する。

2. 争点2-4(乙2発明に基づく進歩性欠如の抗弁)について

裁判所は、被告製品等が技術的範囲に属するものの、本件特許は乙2発明(先行サービス「みもりMR-02A」)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、進歩性を欠いて無効とされるべき(特許法123条1項2号、29条2項)であるから、特許権の行使が許されない(特許法104条の3第1項)と判断した。

  • 一致点と相違点: 乙2発明は、被見守り者用端末の位置情報送信、音声データ受信、報知パターン選択(着信音非鳴動を含む)、再生完了の通知機能等を有する。本件各訂正発明との相違点は、被見守り者用端末に「マイクおよび送信部」を備えて被見守り者側からの第2音声データを送信する構成(双方向化)を有するか否かである。
  • 相違点の容易想到性判断:
    • 本件特許の原出願前、他の見守りサービス(乙10「otta.g」、乙11「amue link」)において、子供用端末にマイクを備えて録音・送信する技術が公然実施されており、被見守り者用端末にマイク及び送信部を設ける構成は周知技術であった。
    • 乙2発明と上記周知技術は同じ見守りサービスの技術分野であり、音声送受信の双方向化はサービスの利便性を高めるものであるため、適用する動機付けが存在する。
    • 原告は「マイク追加による消費電力の増加が阻害要因になる」と主張したが、同じ分野で既に実装例が存在し、後の同種製品でも採用されていることから、技術的阻害要因とは認められない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 先行公然実施サービス(乙号証)による進歩性否定の実務: 本判決は、特許出願前に市場で提供されていた競合他社の見守りサービス・端末(「みもり」「amue link」「otta.g」等)の製品仕様・取扱説明書等を証拠として、公然実施発明および周知技術を精緻に認定し、組み合わせによる進歩性欠如を認めた実務上典型的な事案である。
  • 除くクレーム(携帯電話の除外)の充足性解釈: 被告製品が「携帯電話を除く」というネガティブ・リミテーション(除くクレーム)を充足するか否かにつき、技術的機能(同時通話の可否)および市場での位置付け(被告自身のマーケティング表示)を考慮して「携帯電話ではない」と認定し、非充足の防訴主張を退けた。
  • IoT/見守り端末における機能追加と動機付け・阻害要因: 単方向の通信端末から双方向通信端末への機能拡張について、「ユーザーの利便性向上」を肯定的動機付けとし、端末のバッテリー消費等の実務的課題は(同業他社で先行実装がある以上)進歩性を肯定する阻害要因とはならないというロジックを示している。

【東京地裁 / 2026年06月26日】令和6年(ワ)第70572号 - 加熱式タバコ用カートリッジ特許権侵害訴訟事件(請求棄却・非侵害判決)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(Future Technology株式会社)は、発明の名称を「加熱式タバコ用カートリッジ及び支持部材」とする特許権(特許第7570555号。以下「本件特許」)を有する特許権者である。
被告(双日株式会社)は、電気加熱式喫煙器具「IQOS ILUMA」に挿入して使用する専用タバコスティック(「テリア」および「センティア」シリーズ等の被告製品)を日本国内に輸入・販売等している(被告補助参加人はフィリップ・モリス・ジャパン合同会社)。
原告は、被告製品が本件特許の請求項1(本件発明)の技術的範囲に属し、被告による輸入・販売等の行為が本件特許権を侵害していると主張して、民法709条に基づき損害賠償金1000万円(特許法102条2項による損害額の一部請求)および遅延損害金の支払を求めた。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 被告製品の本件発明の技術的範囲への属否(構成要件充足性)
    • 構成要件Cの充足性(「支持部材」の意義および配置)
    • 構成要件Dの充足性(「包装部材」による一体包装)
    • 構成要件Eの充足性(円筒状、端面、貫通孔の有無)
    • 構成要件FないしHの充足性(正面視における複数の凹部・凸部の軸方向延伸および周面部の一部全周配置)
    • 構成要件Iの充足性(周面部と包装部材との間の複数の「空隙」)
  • 争点2: 無効の抗弁の成否(分割要件違反・新規性欠如・進歩性欠如・サポート要件違反)
  • 争点3: 損害の発生及びその額

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、争点1-4(構成要件FないしHの充足性)について検討し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断した。

(1) 「支持部材」の解釈(構成要件C)
本件明細書の記載(【0030】【0034】等)に照らし、「支持部材」とは、タバコ充填物集積体とフィルタとの間に配置され、タバコ充填物集積体がフィルタ側に移動することを防止する機能を有するものを意味する。
被告製品における「エアーフローチャンバー」および「冷却プラグ」はそれぞれ別個の部材であり、いずれもタバコ部分がフィルタ側に移動することを防止する機能を有するため、それぞれが個別に「支持部材」に該当する。

(2) 構成要件F〜H(凹部または凸部)の解釈規範
本件明細書の記載(【0001】〜【0007】【0020】【0043】)によれば、本件発明が解決しようとする課題およびその手段は、製造(組立)工程において支持部材の表面が滑り製造機械(組立機械)が把持できない点を解決すべく、支持部材の周面部に凹部または凸部を設けて摩擦力を発生させ、把持しやすくすることにある。
したがって、支持部材に設けられる凹部または凸部は、組立機械が把持する対象となる単位、すなわち部材(構成部材)ごとに備える必要があると解するのが相当である。(※原告が主張する「冷却機能や吸い心地向上」の効果は、一部の実施形態における副次的な効果に過ぎないと退けられた。)

(3) 被告製品の構成要件F〜Hに対する当てはめ
被告製品の各支持部材について個別に検討した結果は以下のとおりである。

  • エアーフローチャンバー:繊維が絡み合って形成されており、軸方向に沿って周面部の全領域に陥没部および隆起部が存在する。したがって、周面部の全領域に凹凸が存在することとなり、「周面部の一部に周方向の全周に渡って設けられており」(構成要件H)という要件を満たさない。
  • 冷却プラグ:軸方向に沿って複数の陥没部及び隆起部が存在するとは認められず、そもそも「凹部または凸部」が存在しないため、構成要件FないしHを満たさない。
以上のとおり、被告製品のエアーフローチャンバー及び冷却プラグのいずれも構成要件FないしHを充足しないため、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

(1) 明細書記載の「課題」に基づくクレーム解釈の厳格化
本判決は、特許請求の範囲の文言(凹部・凸部等)を解釈する際、明細書中の「技術的課題(製造時の把持性向上)」を重視し、発明の技術的意義に整合する形でクレーム解釈を行った事例である。原告は一部実施形態の副次的効果(喫煙感・冷却性)に基づく広義の解釈を主張したが、裁判所は主たる目的・課題に即して厳格に解釈した。

(2) 複数部材からなる被訴対象製品における構成要件対比の限界
被訴対象製品が複数の部材(エアーフローチャンバーと冷却プラグ)で構成されている場合、原告側はこれらを一体化・合算して1つの「支持部材」としてクレームに当てはめるアプローチをとることが多い。しかし裁判所は、発明の課題(組立機械による把持単位)に基づき、各部材単位で個別に構成要件を充足する必要があると判示し、安易な部材の合算解釈を否定した点において実務上参考になる。

(3) 素材起因の不規則な表面凹凸と特許発明の構造的「凹部・凸部」の区別
アセテート繊維等の集積により不可避的・不規則に生じる表面の粗さ・凹凸(物理的性状)について、特許発明が想定する意図的・構造的な「凹部・凸部」や、クレーム上制限された配置パターン(「周面部の一部」等)には該当しないという判断を示した。製造上不可避的に生じる表面凹凸との差異を意識したクレーム作成・侵害評価の実務において留意すべき判断例である。

【知財高裁 / 2026年06月10日】令和7年(ネ)第10089号 - 特許権等の実施許諾契約におけるノウハウ提供義務の有無及び開発費用拠出の法的性質が争われた原状回復請求控訴事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権等に係る実施許諾契約(以下「本件実施許諾契約」という。)を締結した控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)に対し、製品の製造・販売に必要な技術情報(ノウハウ)の提供および実施協力義務の履行怠慢(債務不履行)を理由に契約を解除したと主張して、支払済みの金員(2,160万円等)の原状回復を求めるとともに、動産契約等に基づき支払った432万円について不当利得、債務不履行又は不法行為に基づき返還等を求めた控訴事件である。

原審(大阪地裁)は、(1)被控訴人は本件実施許諾契約上、現実の製品製造・販売に必要なノウハウの提供義務等を負わない、(2)432万円の支払は被控訴人による実施品開発費用について使途を特定・限定することなく支出されたものであるなどとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。これを不服とした控訴人が、控訴を提起した。

2. 判決の主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 本件実施許諾契約における被控訴人のノウハウ(補完的・追加的技術情報)提供義務の有無(契約解釈)
  • 争点2: 本件動産契約等に基づく432万円の支出の法的性質(使途不特定の開発費拠出か、対価的給付等か)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知財高裁は、控訴人の請求をいずれも理由がないとして控訴を棄却した。判断のロジックは以下のとおりである。

1. 争点1(ノウハウ提供義務の有無)について

  • 一般論として「発明・考案」と「ノウハウ」は概念上異なり、契約対象を特許権等に限ると「ノウハウ」の文言が空文化する側面があることは否定できない。
  • しかし、本件実施許諾契約書においては、「本件特許及びノウハウ」という語が「本件特許権等」を指すものとして定義条項において明確に規定されており、その他の条項を精査しても、本件特許権等とは別に開示・提供されるべき「ノウハウ」が存在することを前提とした規定は見当たらない。
  • 控訴人が当業者ではなく、実施にあたり被控訴人から追加の情報提供を受ける必要があったとしても、その具体的な情報の内容や提供方法等について契約締結前に交渉し、契約書上に明文の条項を設けるべきであった。本件全証拠に照らしてもそのような合意の存在を認めるに足りず、被控訴人に情報提供義務があったとは認められない。

2. 争点2(432万円の支払の法的性質)について

  • 控訴人から被控訴人への432万円の支払は、被控訴人による量産型製品(SEEC)の開発費用に充てる趣旨(使途不特定の開発費拠点)で行われたものと認められる。
  • 控訴人が自社内部の会計処理において当該支出を「長期前払費用」として計上し、4年間の定額均等償却を行っていたとしても、それは単なる控訴人内部の財務・会計上の事情に過ぎず、上記認定(当事者間の合意内容)を左右するものではない。
  • 控訴人が別途被控訴人に対して金銭貸付け(返還義務のある資金提供)を行っていた実績があったとしても、取引の目的に応じて異なる態様で資金提供がなされることは不自然ではなく、解釈に影響を与えない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. ライセンス契約における「ノウハウ」概念と情報提供義務の特定(予防法務)

実務上、ライセンス契約において「特許権及びノウハウ」といった定型的な文言が用いられる例は少なくない。しかし、本判決が示す通り、契約書内の定義条項において「ノウハウ」が特許権等と同視・包括されている場合や、具体的な情報提供手続・範囲が条項化されていない場合、裁判所は明文なきノウハウ提供義務(技術指導・補完的データの開示義務等)を契約解釈のみで認定することには極めて慎重である。特に非当業者がライセンシーとなる場合、単なる実施許諾(負作為義務)にとどまらず、実作業レベルでの協力や技術移転(積極的作為義務)を求めるのであれば、提供すべき情報の特定、提供時期、方法、実施指導の有無、費用負担等を明示的に契約条項へ落とし込むことが不可欠である。

2. 内部的会計処理および別件取引の実績の証拠価値

当事者の一方が主張する契約の性質(対価的給付か否か等)の根拠として自社の会計処理(例:長期前払費用処理)や過去の別種取引(例:貸付金の実績)を提出しても、当事者間の合意内容を決定づける客観的証拠としては極めて限定的な評価しか与えられない点が確認された。契約の法的性質の認定にあたっては、契約書の文言および合意形成過程の客観的事実が最重要視される。

【知財高裁 / 2026年06月04日】令和7年(行ケ)第10112号 - 自動運転制御装置事件(訂正審判不成立審決に対する取消請求事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許第6432948号(発明の名称「自動運転制御装置」)の特許権者である原告(CASE特許株式会社)が、特許庁に対して行った訂正審判請求(訂正2024-390092号)につき、「本件審判の請求は、成り立たない」とした審決(本件審決)の取消しを求めた審決取消訴訟である。

【事実経過及び手続の経緯】

  • 優先日:平成26年(2014年)9月30日(出願日:平成27年9月29日、設定登録日:平成30年11月16日)
  • 本件訂正請求:原告は令和6年8月19日、特許請求の範囲請求項1等について、シートベルト非装着と判断された場合に基本モードへ切り替え、その後「高度自動化切替条件が成立した場合、自動で前記基本モードから前記高度自動化モードに切り替える」旨の構成(構成要件G等)を加える訂正審判を請求した。
  • 本件審決:特許庁は令和7年10月16日、訂正発明1は本件優先日前に公知となった甲1(「LEGACYアイサイト取扱説明書」に記載された発明)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから独立特許要件(特許法126条7項・29条2項)を満たさないとして、訂正審判請求を不成立とした。
  • 原告の請求:本件審決の取消し。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 引用発明の認定及び看過相違点の有無(「高度自動化モード」・「基本モード」の解釈)
    特許請求の範囲における前掲語(「前記高度自動化モード」「前記基本モード」)の記載から、モード切替えの前後において動作する機能の組み合わせが完全に一致していることが要求されるか否か、また審決に相違点の看過があるか。
  • 争点2: 相違点に係る容易想到性の判断の誤り(動機付け及び阻害要因の有無)
    先進安全技術(ASV)に関する引用発明に対し、自動運転技術分野の周知技術(車線変更制御、右左折制御、駐車制御及び側方センサー)を適用することの動機付け並びに阻害要因の有無。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所(第1部)は、原告の主張する取消事由をいずれも排斥し、原告の請求を棄却した。

(1) 争点1(相違点を看過した誤り・クレーム解釈)について

原告は、特許請求の範囲に「前記高度自動化モード」「前記基本モード」と記載されていることから、切替えの前後で各モードにおいて動作・不動作となる機能の組み合わせが厳格に同一でなければならず、引用発明(EyeSightの一時停止解除後の復帰挙動)とは同一の機能に復帰しない点で相違すると主張した。

しかし裁判所は、以下の理由から原告の主張を退けた。

  • 特許請求の範囲の記載:「高度自動化モード」と「基本モード」の間で、運転動作の数及び種類の組み合わせが全体を通じて完全に一致することを要する旨の直接的・間接的な記載はない。
  • 明細書の記載:発明の詳細な説明(【0030】【0032】【0092】等)には、各運転モードにおいて実行させる自動制御機能や自動運転レベルを任意に設定・変更できる実施態様が示されている一方、組み合わせが固定されている実施態様や、一致させることの技術的意義・効果に関する記載は存在しない。
  • 法的規範・解釈:「高度自動化モード」とは、「基本モード」よりも機能する運転動作の数が多いものであれば足りると解するのが相当である。したがって、引用発明における「一時停止の原因改善による復帰」(動作可能な機能数が増加する遷移)は、訂正発明1における「自動で基本モードから高度自動化モードに切り替える」構成に相当し、本件審決に相違点を看過した誤りはない。

(2) 争点2(相違点に係る容易想到性の判断)について

原告は、①ASV技術と自動運転技術の目的の違いによる動機付けの否定、②市販車取扱説明書という製品としての完成性による動機付けの否定、③側方センサーが存在しないことによる阻害要因の存在を主張した。

裁判所は、以下のロジックにより容易想到性を肯定した。

  • 動機付け(技術分野・目的の共通性):運転支援(ASV)と自動運転は、外界認識・判断・操作を運転者とシステムで分担する際の比重が異なるにすぎず、安心・安全で快適な運転環境を提供するという目的を共通にする。本件優先日当時、ACC、レーンキープアシスト、車線変更システム等の組み合わせにより車両を自動制御することは周知技術であったため、引用発明に当該周知技術(車線変更・右左折・駐車制御)を適用する動機付けは十分に認められる。
  • 製品の完成性と動機付け:引用発明が現実に販売された自動車の取扱説明書(完成品)であるからといって、当業者が当該発明の機能の一部を変更・追加する動機付けが否定されるものではない。
  • 阻害要因の否定:引用発明が前方の周囲情報のみを取得していることは、側方センサーを追加することの阻害要因とはならない。車線変更制御等を実行するに際し、周知技術である側方センサーを設けることは当業者が適宜なし得たことにすぎない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. 「前記[用語]」等の前掲語を伴うクレーム表現の解釈指針
クレーム上「前記高度自動化モード」等の表現が用いられている場合であっても、形式的な文言のみにとらわれず、明細書全体(特に実施の形態における設定変更可能性の記載)や課題・技術的意義に照らして解釈される。同一用語が複数回用いられていても、モード間で実行される個々の制御機能の組み合わせまでが固定的・厳格に一致していることまでを要求するものではなく、機能的な包含関係・相対関係(動作数の多寡)を満たせば足りると判断された点は、特許クレーム解釈実務上極めて示唆的である。

2. 市販製品の取扱説明書を主引用例とする進歩性判断
市販製品の取扱説明書(甲号証)に記載された公知発明(主引用発明)について、「実製品として技術的に最適化・完成されていること」のみをもって構成の変更・追加の動機付けを否定することはできない旨が明確に示された。実務上、製品取扱説明書を引例とする進歩性反論において、「完成品ゆえの変更不可」という主張は通用しにくいことが確認された。

3. 運転支援技術(ASV)と自動運転技術の技術的連続性
ASV(運転支援)と自動運転技術は、システムと人間との役割分担の度合いの違いにすぎず、技術的手段や課題(走る・曲がる・止まるの支援及び安全・快適性の向上)を共通にするため、両分野間における相互の技術適用(周知技術の組み合わせ)に対する動機付けは広範に認められる傾向が本判決でも踏襲されている。

【知財高裁 / 2026年06月04日】令和7年(行ケ)第10113号 - 審決取消請求事件(自動運転制御装置に関する訂正審判の独立特許要件・進歩性判断)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許第6893602号(発明の名称:自動運転制御装置および自動運転制御方法等)の特許権者である原告(CASE特許株式会社)が、特許庁に対して請求した訂正審判(訂正2024-390093号)において、「本件審判の請求は、成り立たない」とされた審決(本件審決)の取消しを求めた審決取消訴訟である。
特許庁(被告)は、本件訂正後の請求項1、11及び12に係る発明(訂正発明1、11及び12)について、公知文献(甲1:EyeSight取扱説明書に記載された運転支援技術/引用発明1~3)および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、独立特許要件(特許法126条7項・29条2項)を満たさないと判断した。原告は、主引用発明からの動機付けの不存在および阻害要因の存在を主張して本件審決の取消しを求めた。

2. 判決の主文

1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 引用発明(運転支援技術)から訂正発明(自動運転制御)への構成適用に関する動機付けの有無
    (先進安全技術/ASVと自動運転技術の相違、および市販車取扱説明書という主引用例の性質に基づく動機付けの有無)
  • 争点2: 引用発明に対する側方センサー等の追加および制御適用における阻害要因の有無
    (前方認識のみを行う既存システムに対し、側方認識および車線変更・右左折・駐車制御等を適用することの技術的阻害要因の有無)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、原告の主張をいずれも排斥し、本件審決に容易想到性(進歩性)の判断の誤りはないとして、原告の請求を棄却した。ロジックの要旨は以下の通りである。

1. 相違点に係る容易想到性および動機付けについて
引用発明は車両に搭載される運転支援技術に関するものであり、訂正発明は自動運転制御に関するものである。しかし、運転支援と自動運転とは、外界認識・判断・操作を運転者とシステムが分担する際における「分担の比重が異なるものにすぎない」。
また、双方とも自動車の基本性能(走行・操舵・制動)を支援・自動化し、安心・安全で快適な運転環境を提供するという目的を共通にしている。さらに、本件優先日当時、ACCやレーンキープアシスト、車線変更システム等を組み合わせて複数または全ての操作を自動で行わせる技術は周知事項であった。
したがって、先進安全技術(ASV)に係る引用発明に対し、自動運転技術分野における周知技術(車線変更制御、右左折制御、駐車制御等)を適用する動機付けは一般に肯定される。

2. 市販製品の取扱説明書(甲1)を主引用例とすることについての見解
原告は、引用発明が現実に販売された自動車の取扱説明書であり技術的最適化が極限まで施されているため変更・追加の動機付けがない旨主張した。
これに対し裁判所は、引用発明が製品として完成されている(市販されている)からといって、一般に当業者が当該引用発明の機能の一部を変更又は追加する動機付けがないということにはならないと判示し、原告の主張を退けた。

3. 阻害要因の有無について
原告は、引用発明が前方の周囲情報のみを取得するシステムであるため、側方認識センサーの追加およびそれに基づく車線変更・右左折・駐車制御の適用には阻害要因があると主張した。
裁判所は、前方の周囲情報のみを取得しているという引用発明の構成自体は、側方を認識するセンサーを新たに追加することの阻害要因(技術的妨害・不都合)とはならないと判示。当業者は、周知技術である車線変更等の制御を実現するに際し、周知の側方センサーを適宜設けることができたと認めるのが相当であるとした。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 運転支援技術(ASV)と自動運転技術の技術的連続性の確認
    実務上、「運転支援(Level 1-2)」と「自動運転(Level 3以上等)」を定性的に異なる技術分野と主張して動機付けを否定することは困難であり、両者は「ドライバーとシステムの役割分担の比重の差」に過ぎないと位置付けられた。運転支援技術を主引用例として自動運転特許の進歩性を否定する拒絶理由・無効理由の論理構成が強く支持されたといえる。
  • 市販品・完成品(取扱説明書等)を主引用例とする場合の動機付けの評価
    「市販車として完成度が高く最適化されているため、構成の改変や機能追加の動機付けがない」という実務で頻出する反論パターンに対し、裁判所は明確にこれを否定した。製品としての完成度は、技術的思想としての改良・改変の容易性を阻害する理由にはならないという既存判例の文脈を再確認するものである。
  • 「構成の不備・未備」と「阻害要因」の区別
    主引用発明に特定の要素(本件では側方センサー)が存在しないこと(構成の未備)は、それ自体が当該要素を追加することを妨げる「阻害要因(技術的矛盾や性能低下等)」には当たらない。周知技術の付加によって容易に補い得る範囲内であるか否かという観点から論理的に排斥された点が実務上留意される。

【知財高裁 / 2026年06月04日】令和7年(行ケ)第10114号 - 審決取消請求事件(自動運転制御装置に関する訂正審判不成立審決の取消請求棄却判決)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許第7270307号(発明の名称:自動運転制御装置)の特許権者である原告(CASE特許株式会社)が、特許庁に対し行った訂正審判請求(訂正2024-390094号)において、特許庁が「本件審判の請求は、成り立たない」とした審決(本件審決)の取消しを求めた審決取消訴訟である。
本件特許の訂正発明(訂正発明1、2及び7)は、車両の運転モードを「高度自動化モード」と「基本モード」との間で切り替える制御、並びに高度自動化モードにおいて実行される自動運転動作(自動発進/停止制御、車線変更制御、右左折制御、駐車制御等)に関するものである。
特許庁は、本件優先日前に刊行された「EyeSight取扱説明書」(甲1)に記載された発明(引用発明1〜3)及び周知技術に基づき、訂正発明1、2及び7は特許法29条1項3号(新規性欠如)又は同条2項(進歩性欠如)により独立特許要件(特許法126条7項)を満たさないとして訂正審判請求を不成立とした。これに対し原告が審決の取消しを求めて提訴した。

2. 判決の主文

1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: クレーム解釈及び相違点看過の有無(理由1)
    特許請求の範囲及び明細書等における「高度自動化モード」及び「基本モード」の解釈において、モード切り替え前后で自動実行される運転動作の数・種類の組み合わせが厳格に一致・復帰することを要するか否か、並びに引用発明1との相違点の看過があるか否か。
  • 争点2: 択一的記載における新規性・進歩性判断の適否並びに容易想到性の有無(理由2)
    択一的に記載された構成要件に対する新規性・進歩性の判断手法の適否、先進安全技術(運転支援技術)に対する自動運転技術(周知技術)の適用・組み合わせに係る動機付けの有無、及び阻害要因(側方センサーの追加等)の有無。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所(第1部)は、以下の論理により原告の請求を棄却した。

(1) 争点1(クレーム解釈及び相違点看過の有無)について

原告は、特許請求の範囲に「前記高度自動化モード」「前記基本モード」と記載されていることから、切り替えの前後において同一の機能が動作/不動作となる態様(運転動作の組み合わせが完全に一致するモード)に復帰するものと解釈すべきであり、引用発明1とは相違すると主張した。
しかし、裁判所は以下の通り判示し、原告の主張を退けた。

  • 文言解釈・明細書等の記載:特許請求の範囲及び明細書の「発明の詳細な説明」のいずれにおいても、各モード間での切替え前後で運転動作の数や種類の組み合わせが常に完全に一致することを要する旨の記載も根拠もない。
  • 実施形態の開示:明細書等には、各運転モードにおける自動運転レベルや実行させる制御を任意に変更できる実施形態が記載されており、動作の組み合わせが固定されている構成は開示されていない。
  • モードの定義:「高度自動化モード」とは「基本モード」よりも機能する運転動作の数が多い(相対的に自動運転レベルが高い)関係にあれば足りる。
  • 当てはめ:引用発明1における「原因改善によるEyeSightの復帰」は機能動作数が増加する遷移であり、「高度自動化切替条件成立時の高度自動化モードへの切替え」に相当する。したがって、審決に相違点を看過した誤りはない。

(2) 争点2(一致点・相違点の認定及び容易想到性)について

原告は、審決が新規性欠如と進歩性欠如の判断を混同していること、並びに引用発明に周知技術(車線変更・右左折・駐車制御等)を適用する動機付けの欠如及び阻害要因(側方センサーの不存在)を主張した。
裁判所は以下の通り判示し、審決の判断を正当とした。

  • 択一的構成に対する判断手法:訂正発明の構成要件(1H/2H)に含まれる択一的構成のうち、「障害物認識時の自動停止制御」を選択した場合は引用発明のプリクラッシュブレーキと同一であり新規性を欠く(特許法29条1項3号)。その他の「自動発進、車線変更、右左折、駐車制御」を選択した場合は、引用発明との相違点となるものの、以下に述べる通り進歩性を欠く(同条2項)。審決は選択肢に応じた区別を行っており適法である。
  • 動機付けの存在:先進安全技術(運転支援)と自動運転技術は、外界認識・判断・操作のシステムと運転者との分担比重が異なるのみであり、「安心・安全で快適な運転環境の提供」という目的を共有する。したがって、運転支援技術(引用発明)に対して、優先日当時周知であった自動運転技術(自動発進、車線変更、右左折、駐車制御等)を適用する動機付けは一般に肯定される。引用発明が市販車の取扱説明書(完成された製品)であることは、変更・追加の動機付けを否定する理由とならない。
  • 阻害要因の不存在:引用発明の車両が前方情報のみを取得していることは、側方認識センサーを追加することの阻害要因とはならない。自動発進、車線変更、右左折、駐車制御等を実現するために、当業者が周知技術である側方センサーを適宜設けることは容易である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • クレームにおける機能的・相対的モード概念の解釈指針:
    「高度自動化モード」「基本モード」といった状態・モードを表すクレーム文言において、再掲(「前記〜」)されている場合であっても、明細書等に厳格な同一性(パラメータや機能構成の完全一致)を要求する限定記載や技術的意義がない限り、相対的な高低関係(例:基本モードより自動実行機能数が多い)を満たせば足りると解釈される実務が確認された。クレームドラフティング及び訂正審判においては、用語の同一性主張がどこまで明細書等の裏付け(技術的意義・実施形態)を有するかに留意が必要である。
  • 択一的記載(マルクーシュ形式的記載等)に対する新規性・進歩性の判断手法:
    クレーム内に複数の選択肢(a, b, c...)が含まれる択一的記載の場合、一部の選択肢が引用発明と同一であれば当該選択肢において新規性が否定され、他の選択肢が引用発明+周知技術から容易想到であれば進歩性が否定される。審決がこれらを適切に切り分けて判断している場合、新規性・進歩性の混同による理由不備等の取消事由は認められない。
  • 「運転支援技術」と「自動運転技術」との技術的適用可能性・動機付け:
    ASV(先進安全技術/運転支援)と自動運転技術は技術的連続性を有しており、市販車の取扱説明書等に記載された技術(運転支援)であっても、周知の自動運転制御(車線変更・駐車等)やこれを実現する手段(側方センサー等)を組み合わせる動機付けは強く肯定される。市販製品の仕様であること自体は「最適化し尽くされているから変更の動機付けがない」という阻害要因にはならない点も実務上明確にされた。

【知財高裁 / 2026年05月27日】令和7年(ネ)第10078号 - 損害賠償請求控訴事件(タクシー配車管理システム特許権侵害訴訟 / 配車アプリ「GO」事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
控訴人(原告ら):原告A(特許権者)およびベスト交通株式会社(実施権者)
被控訴人(被告):GO株式会社(スマートフォン向けタクシー配車アプリケーション「GO」および関連システムの提供・運用主体)

【事実経過及び請求内容】
原告らは、自社が保有・実施する特許第6546562号(発明の名称:「タクシー配車管理システム、タクシー配車管理装置、及び、タクシー配車管理プログラム」)の特許権に基づき、被告が提供するタクシー配車システム(被告製品:被告アプリ「GO」、GOAPIサーバ、配車マッチングサービス等で構成されるシステム)が本件発明の技術的範囲に属し(文言侵害および均等侵害)、被告による被告製品の使用が本件特許権を侵害していると主張した。
原告らは、民法709条に基づき、被告に対し、原告会社について25億8900万1368円、原告Aについて1億9429万1382円およびこれらに対する遅延損害金の支払を請求した。
原審(大阪地方裁判所)が被告製品は本件発明の構成要件を充足せず均等侵害も成立しないとして請求を棄却したため、原告らが不服として控訴した。

2. 判決の主文

1. 本件各控訴をいずれも棄却する。
2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 「タクシー選択範囲情報」(構成要件B2、D3)および「タクシー情報」(構成要件B3、B4、D3)の文言解釈ならびに充足性(距離的範囲に限定されるか、時間的範囲を含むか/個別車両情報かサービス一覧情報か)
  • 争点2: 「配車確認要求」(構成要件B4、C3、D2、E2)および「共有し得るように通知し」(構成要件B4、B6、C3)の文言解釈ならびに充足性(同報送信を要するか)
  • 争点3: 被告製品における各構成要件の均等侵害の成否(特に第1要件:本質的部分の同一性)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所(第2部)は、原審の判断を維持し、被告製品は文言侵害および均等侵害のいずれも成立しないと判断して控訴を棄却した。

(1) 特許請求の範囲および明細書の記載に基づく用語の解釈(文言充足性の否定)

  • 「タクシー選択範囲情報」および「タクシー情報」の意義:
    明細書(【0018】〜【0031】、図2等)には、現在地からの半径範囲(500m、800m等)を拡大することで配車可能な車両の選択肢が増える技術的思想が開示されている。これらを考慮すると、「タクシー選択範囲情報」とは「タクシー迎車依頼地からの距離的範囲を設定する情報」を意味し、「タクシー情報」とは「ユーザが選択した距離範囲内に存在する配車可能な全てのタクシー車両の情報」と解釈するのが相当である。
    被告製品において「今すぐ呼ぶ」あるいは「AI予約」によって指定されるのは「時間的範囲」に関する情報であり、距離的範囲を設定するものではないため、構成要件B2およびD3を充足しない。
  • 「配車確認要求」および「共有し得るように通知し」の意義:
    「配車確認要求」とは「ユーザが選択した選択範囲内に存在する全てのタクシー車両を示す情報の中から、ユーザの希望するタクシー車両を指定して行う迎車の可否の確認要求」であり、「共有し得るように通知し」とは明細書の「同報送信」の記載に鑑み「複数の送信先に同じ内容の情報を送信して通知すること」と解釈するのが相当である。
    被告製品では、配車マッチングサービス(システム側)により配車決定が行われ、ユーザが個別のタクシー車両を指定して配車確認要求を各端末へ直接同報送信する構成を備えていないため、構成要件B3、B4、C3、D2、E2を充足しない。

(2) 均等侵害の成否(第1要件:本質的部分の相違)

  • 本件発明の本質的部分の認定:
    従来技術(システム側・配車管理装置側が配車車両を決定するため公平性に問題があったこと)に鑑み、本件発明は、ユーザ自らが距離範囲を選択し、存在する全車両情報(タクシー情報)から希望する車両を特定して「配車確認要求」を送信・同報送信することで、「ユーザが常に情報の送受信の中心にいて、ユーザの意思で配車を決定する」点に本質的部分(技術的思想の核心)がある。
  • 当てはめ:
    被告製品は、アプリ運営主体側のシステム(GOAPIコアサービスおよび配車マッチングサービス)がアルゴリズムによりタクシーを探索・マッチングする構造であり、ユーザに対して選択範囲内の全個別車両情報を提示してユーザに車両を選択させる構成をとっていない。これは本件発明の本質的部分において相違するため、均等論の第1要件(非本質的部分の置換であること)を充足せず、均等侵害は成立しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 「ユーザー主導型」対「システム自動マッチング型」における技術的範囲の明確な区別:
    本判決は、配車アプリケーションやプラットフォーム事業において、ユーザーが個別の提供者(車両等)を直接選択・指示するシステムと、バックエンドのアルゴリズムによって自動マッチングを行うシステムとの間に、構造的・機能的および課題解決手段上の本質的な相違があることを法的に明確にした。
  • 特許出願における補正(文言変更)とクレーム解釈の限界:
    原告らは出願手続中に「同報送信し」から「共有し得るように通知し」へとクレーム文言を拡大補正したことを根拠に柔軟な解釈を主張したが、裁判所は明細書中の開示(同報送信の具体的な手順・構成)に基づき文言の意味を絞り込んで解釈した。クレーム上の抽象的表現への変更があっても、明細書の具体的開示(技術的思想)の枠組みを超えて技術的範囲を拡張することは困難であるという実務上の原則が再確認された。
  • 均等論における「本質的部分」の認定手法:
    特許発明が解決しようとする課題(本件では「配車決定におけるアプリ運営主体の恣意性の排除と公平性・透明性の確保」)と、それを解決するための固有の課題解決手段(「ユーザが情報の中心となり個別車両を選択・指定する構成」)が密接に関連している場合、その構成を欠く異質システムへの置換は均等論第1要件(本質的部分の不充足)により否定されるという実務的判示を示している。

【東京地方裁判所 / 2026年05月22日】令和7年(ワ)第70423号 - 米国特許権に基づく損害賠償請求訴訟(外国法人に対する国際裁判管轄および製造方法特定不足による特許権侵害の不成立)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、米国特許(US8048614、液浸露光を用いる半導体集積回路デバイスの製造方法に関する特許)の特許権者である原告(個人)が、被告ら(日本法人である被告JASMおよびその親会社である台湾法人被告TSMC)の製造・販売する半導体集積回路デバイスの製造方法が本件特許の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害すると主張して、民法709条に基づき、被告らそれぞれに対し損害賠償金各80万円(一部請求)の支払を求めた事案である。

2. 判決の主文

1 本件各訴えのうち、被告TSMCに対する訴えを却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 国際裁判管轄の有無(本案前の争点)
    • 日本法人である被告JASMに対する管轄の有無
    • 台湾法人である被告TSMCに対する管轄(民訴法3条の3第8号[不法行為地]、民訴法3条の6[併合請求・共同被告])の有無
  • 争点2: 本件特許権侵害の有無および準拠法(本案の争点)
    • 米国特許権の侵害を理由とする損害賠償請求の準拠法
    • 被告JASMの製造方法による本件特許権の侵害成否(製造方法の特定)
  • 争点3: 原告の損害およびその額

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 争点1(国際裁判管轄の有無)について

  • 被告JASMに対する管轄:
    被告JASMは日本国内に本店を有する法人であるため、民訴法3条の2第3項に基づき、日本の裁判所に管轄権が認められる(被告JASM主張の特許属地主義等は上記判断を左右しない)。
  • 被告TSMCに対する管轄:
    • 民訴法3条の3第8号(不法行為):外国法人に対する不法行為管轄を肯定するには、被告が日本国内で行った行為により損害が生じた客観的事実関係の証明が必要である(最高裁平成13年6月8日第二小法廷判決参照)。本件では被告TSMCが日本国内で半導体デバイスを製造・販売したことや日本国内で侵害行為・損害を生じさせた客観的事実が証明されていない。
    • 民訴法3条の6(併合請求等):原告の主張する被告両名の侵害行為は全く別個のものであり、「密接な関連」を認められず、民訴法38条前段の要件(権利義務の共通・同一の事実上及び法律上の原因)も充たさない。被告TSMCが被告JASMの親会社であるという事実のみでは上記要件の補充とならない。
    したがって、被告TSMCに対する訴えは日本の裁判所に管轄権がなく、不適法として却下される。

2. 争点2(準拠法および本件特許権侵害の有無)について

  • 準拠法:
    被侵害利益が外国特許権(米国特許権)であっても、不法行為に基づく損害賠償請求権の存否は法の適用に関する通則法17条によるべきである(最高裁平成14年9月26日第一小法廷判決参照)。被告JASMの加害行為の結果発生地(侵害行為が行われ権利侵害が生じた地)は日本であるため、日本法を準拠法とする。
  • 特許権侵害の有無:
    原告は、被告JASMの製造・販売するデバイスの回路寸法(28nm~20nm)を主張するのみで、被告JASMにおける具体的な製造方法を特定していない。したがって、主張自体が失当であり、本件特許権侵害は認められない(被告JASMに対する請求棄却)。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 外国特許権に基づく不法行為請求と準拠法:
    被侵害利益が外国特許権(米国特許権)である渉外不法行為であっても、最高裁平成14年判決の定立した規範に基づき通則法17条を適用し、「加害行為の結果が発生した地」(本件では日本国内での製造販売等)の法(日本法)を準拠法と指定した実務の再確認である。
  • 親会社・子会社関係と国際裁判管轄(民訴法3条の6):
    管轄権のある日本法人(子会社)と管轄権のない外国法人(親会社)を共同被告として訴訟提起する場合、単に「親子会社関係にある」という事実のみでは民訴法3条の6(併合請求の管轄)や民訴法38条前段の共同訴訟要件を充たさず、外国法人に対する国際裁判管轄は認められないことを明確に示している。
  • 方法特許侵害訴訟における「対象侵害行為の特定」:
    製造方法の特許権侵害を主張する際、対象製品のスペック(半導体のプロセスノード・寸法等)を主張するだけでは足りず、相手方の「具体的にどの工程・製造方法」が特許発明の構成要件を充足しているかを特定して主張・立証しなければ失当(主張自体失当)とされる実務上の厳格な特定義務が改めて示されている。

【東京地方裁判所 / 2026年05月22日】令和5年(ワ)第29933号 - 特許権通常実施権許諾契約に基づく着手金返還請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許第5972478号(発明の名称:「風力発電装置」)に係る通常実施権許諾契約(以下「本件契約」)を被告との間で締結し、契約金の一部として着手金500万円を支払った原告(アースグリッド株式会社)が、契約で定められた性能を満たさず実用化が困難であるとして、本件契約の返金条項(3条3項)に基づき、被告(個人)に対して着手金500万円および遅延損害金の返還を求めた事案である。

【事実経過の概要】

  • 2023年6月9日:被告は原告に対し、定格3kWの小型垂直型風力発電装置に関する企画書・提案資料(本件資料)を用いてプレゼンテーションを行った。同資料には「風速約5m/sで3kWの出力」が得られる比較グラフ等が掲載されていた。
  • 2023年6月15日:原告と被告との間で本件契約が締結された。契約条項には以下の規定が存在した。
    • 3条1項・2項:契約金2500万円(着手金500万円、残金2000万円)。残金の支払は「発電状態が正常であることを確認した後」とし、「正常とは、風速6メートルを達成するまでに、3キロワットを出力すること」と定義された。
    • 3条3項:「万が一、発電状態が正常でなく、[原告が]実用化が難しいと判断した場合は、[被告は]着手金の500万円(税込)を原告へ速やかに返金するものとする。」
  • 2023年6月20日:原告は被告に対し、着手金500万円を支払った。
  • 2023年10月頃:原告が被告提示の図面等に基づき製造した実施品で実験を行ったところ、風速約6m/sの条件下で出力は僅か30W程度にとどまった。
  • 2023年10月25日:原告は被告に対し、実用化困難を理由として着手金の返還を求める催告書を送付(同年10月27日到達、支払期限同年11月3日)。返還がなされなかったため、本訴に至った。

2. 判決の主文

1. 被告は、原告に対し、500万円及びこれに対する令和5年11月4日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
3. この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

3. 主な争点

  • 争点1: 本件契約3条3項の着手金返還要件の充足性(「正常」の解釈および実用化困難の有無)
    「3キロワット」が瞬間出力(kW)を指すのか、1日当たりの電力量(kWh)を指すのか、および実用化困難との判断の合理性が問われた。
  • 争点2: 本件契約3条2項(「正常」の定義)の不法条件該当性ないし公序良俗違反の有無
    瞬間的に3kWを出力することが物理的に不可能な条件であり、不法条件ないし公序良俗に反し無効であるか否かが問われた。
  • 争点3: 契約当事者の確定(被告個人か、被告が代表を務めるケインズ社か)
    被告個人が契約主体か、被告が代表取締役を務める株式会社ケインズのための契約かが問われた。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 争点1(本件契約3条3項充足性の有無)について:原告主張を認容

  • 意思表示の解釈(「正常」および「3キロワット」の意味): 契約締結過程において、被告が提示した資料(本件資料)には「風速約5m/sで瞬間発電出力3kWが出力される」比較グラフが存在した。また、技術単位として「kW」は瞬間的な発電出力、「kWh」は電力量を示すのが一般的である。これらから、当事者の合理的意思として「風速6mに達するまでに、瞬間的に3kWを出力すること」が「正常」な性能として合意されていたと認定した。被告が主張する「1日当たりの電力量」との解釈は退けられた。
  • 要件の充足性: 実際の試用品における出力は風速約6m/sで僅か30W程度であり、合意された性能(3kW=3000W)に遠く及ばない。原告が本件実施品による海外展開等を前提に契約した経緯に照らし、実用化困難とした原告の判断には合理的理由がある。また、3条3項の「正常」も3条2項と同義であると解釈され、着手金返還要件を充たすと結論付けた。

2. 争点2(不法条件・公序良俗違反)について:被告主張を棄却

「正常」の定義は被告自身のプレゼン資料・説明内容に基づき設定されたものであり、原告が実現不可能な条件であることを認識しながらあえて設定させたなどの事実は認められない。したがって、不法条件(民法132条等)や公序良俗違反(民法90条)により無効となる事由はない。

3. 争点3(契約当事者の確定)について:被告個人が当事者であると認定

契約書には被告個人の記名・押印が存在し、被告自ら押印を認めている。ケインズ社のためにすることを示す顕名(代理または代表の表示)があったと認める証拠はない。かえって被告自身が「原告の強い要望により被告個人名義とした」と主張しており、原告の要望に応じて被告個人を契約主体としたことが認められるため、契約上の効果・返還義務は被告個人に帰属する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 契約解釈における事前交渉資料(プレゼン資料等)の重要性: 契約条項中の技術的文言(「3キロワット」等)の解釈にあたり、契約締結に至る交渉段階で提示された企画書やデータグラフ、技術単位の客観的意味(kWとkWhの区別)が決定的な補足材料として採用された。ライセンス契約や技術取引においては、事前交付資料が契約解釈の強力な証拠となることを示している。
  • 性能達成を条件とする対価返還条項(マイルストーン・返金条項)の有効性: 技術的実現性が不確実な特許ライセンス契約において、「一定の性能(正常性)に達しない場合に実用化困難として着手金を返還する」との条項の有効性が認められた。ライセンサー側が物理的不可解・履行不能を理由に公序良俗違反(不法条件)を主張しても、自らの説明に基づき設定された数値である限り、その主張は認められないという信義誠実の観点からの示唆を含んでいる。
  • 法人代表者個人の当事者性確定: 法人代表者が関与する取引であっても、相手方の要望により個人名義で契約書を作成・押印し、顕名を行わなかった場合、法人の盾をとることはできず、個人が直接責任を負うという契約当事者確定の原則的な法理が直截に適用されている。

【知財高裁 / 2026年05月19日】令和7年(行ケ)第10057号 - 永久磁石の樹脂封止方法に関する特許無効審判不成立審決に対する審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許第6180569号(発明の名称「永久磁石の樹脂封止方法」)の特許権者である被告(株式会社三井ハイテック)に対し、原告(トヨタ紡織株式会社)が特許無効審判を請求したところ、特許庁が「審判の請求は成り立たない」とする審決(本件審決)をしたため、その取り消しを求めた審決取消訴訟である。

【経過の概要】
本件特許は、平成17年1月24日の出願(最初の親出願)から数世代にわたり分割出願(第1〜第5世代、原出願)を経て、平成28年3月2日に出願された第7世代の分割出願に係るものである。特許無効審判(無効2020-800097号)において一度不成立審決がなされたが、知財高裁での取消判決(前件判決)を経て審理が再開された。被告は「搬送トレイの使用」「有底穴部のない下型」「上型及び下型同士が当接しない押圧」等を特定する本件訂正を請求。特許庁は本件訂正を認めた上で、分割要件を満たしており出願日は親出願時に遡及するから公知文献(甲1)による新規性・進歩性欠如はなく、その他の無効理由(サポート要件、補正要件、実施可能要件、明確性要件違反等)もないとして、審判請求不成立の審決をした。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 訂正要件違反の有無(取消事由1)(実質的な特許請求の範囲の拡張・変更および新規事項追加の有無)
  • 争点2: サポート要件違反の有無(取消事由2)(課題解決可能性および上位概念化の可否)
  • 争点3: 分割要件違反の有無および親出願日遡及の成否(取消事由3・4)(甲1に基づく新規性・進歩性判断の前提)
  • 争点4: 甲5等に基づく進歩性判断の誤りの有無(取消事由5)
  • 争点5: 補正における新規事項追加の有無(取消事由6)(「当接することなく」の限定補正の可否)
  • 争点6: 実施可能要件違反の有無(取消事由7)
  • 争点7: 明確性要件違反の有無(取消事由8)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、原告が主張する取消事由をすべて退け、本件審決の判断を維持した。

(1) 争点1:訂正要件違反の有無について

【規範・判断ロジック】
特許請求の範囲の減縮に該当するか否かは、請求項に記載された発明特定事項を限定するものであるか否かにより判断される。無効理由を回避するために課題解決手段を限定・特定する訂正は、実質的な特許請求の範囲の拡張・変更には該当しない。また、「収容」との用語は辞書的意義に照らし「物品を一定の場所に入れること」を意味し、物品が一定の範囲からはみ出ていないことまでを意味しない。
【当てはめ】
本件訂正(訂正事項2〜4)は、「搬送トレイ」や「有底穴部のない下型」等の要件を付加・限定するものであり、実質的減縮に当たる。また、出願当初の明細書等にも有底穴部のない下型等が開示されているため、新規事項の追加には当たらない。

(2) 争点2:サポート要件違反の有無について

【規範・判断ロジック】
特許請求の範囲の記載が明細書の発明の詳細な説明に記載された範囲内であるかは、当業者が明細書の記載および出願時の技術常識に基づき、課題を解決できると認識できる範囲内であるかによって判断する。
【当てはめ】
回転子積層鉄心を「有底穴部のない下型」に配置する構成により、従来の「有底穴部からの積層鉄心の取り出し作業性が悪い」という課題が解決されることは当業者にとって明らかである。特許請求の範囲に記載された事項は発明の詳細な説明の記載に基づくものであり、サポート要件を満たす(審決に判断遺漏があったとしても結論に影響しない)。

(3) 争点3:分割要件違反の有無および甲1に基づく新規性・進歩性について

【判断ロジック】
最初の親出願、第1〜第5世代、原出願の各出願当初明細書等には、本件訂正発明に係る各構成が開示されている。したがって、本件出願は分割要件を満たし、出願日は最初の親出願日(平成17年1月24日)に遡及する。その結果、平成18年6月21日に発行された甲1は出願前の頒布刊行物に該当せず、新規性・進歩性を否定する理由とならない。

(4) 争点5:補正における新規事項追加(「当接することなく」)の有無について

【規範・判断ロジック】
「当接」とは物同士が直接当たって接することをいう。当初明細書等の記載・図面から、直接接しない構成が導き出せる場合は新規事項の追加に該当しない。
【当てはめ】
当初明細書の図1(概念図)および図10(工程図)において、下型が上昇して積層鉄心を上型に押し付ける際に下型と上型とが当接していない状態が明示されている。また、仲介部材(キャビティブロックや搬送トレイ)を介して間接的に接しているとしても「上型と下型が当接している」とはいえないため、「上型及び下型同士が当接することなく」との限定補正は当初明細書等の範囲内である。

(5) 争点6・7:実施可能要件および明確性要件について

各発明特定事項(「当接することなく」「収容する」「上型」など)の意味合いは当業者において文脈および技術常識に基づき明確に理解可能であり、過度の試行錯誤を要することなく実施可能である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 概念図および工程図に基づく補正・訂正の許容性: 明細書中の図面が「概念図」であっても、他の工程図や明細書の記載と併せて総合的に照らし合わせることで、技術的事項(例:型同士が当接しないこと)が明確に読み取れるのであれば、新規事項追加とならない補正・訂正の根拠となり得ることを明確にした。
  • 専門用語(文言)の解釈と文脈依存性: 「当接」(直接の接触を意味し、別部材を介した間接接触は含まない)や「収容」(単に中に入れることを意味し、完全にはみ出さないことまでは要しない)といった文言について、一般的な辞書的意義と特許明細書全体の文脈に基づき厳格かつ合理的に解釈する実務を示した。
  • 無効理由回避のための減縮訂正と「拡張・変更」の境界: 無効理由(サポート要件違反等)を解消するために特許請求の範囲へ発明特定事項を追加・限定する訂正は、特許請求の範囲を減縮するものであり、第三者に不測の損害を与えない限り「実質的な拡張・変更」には該当しないという原則が再確認された。

【東京地裁 / 2026年05月19日】令和6年(ワ)第70539号 - 被加熱芳香カートリッジに関する特許権侵害に基づく損害賠償請求事件(新規性欠如(特許法29条1項3号)により請求棄却)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(Future Technology株式会社)は、発明の名称を「被加熱芳香カートリッジ」とする特許権(特許第7583386号。以下「本件特許権」、請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」「本件発明2」という)を有する特許権者である。

被告(双日株式会社)は、被告補助参加人(フィリップ・モリス・ジャパン合同会社)との間の独占的販売契約に基づき、加熱式タバコ機器(「IQOS ILUMA」)専用の加熱式タバコスティック(「テリア」シリーズ及び「センティア」シリーズ。以下「対象製品」)を日本国内に輸入・販売等している。

原告は、対象製品が本件各発明の技術的範囲に属し、被告による輸入・販売等の行為が本件特許権を侵害すると主張して、被告に対し、不法行為(民法709条、損害額につき特許法102条2項又は3項)に基づき、損害賠償の一部請求として1,000万円及び遅延損害金の支払を求めた。

2. 判決の主文

1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 対象製品の本件各発明の技術的範囲への属否(構成要件充足性)
    • 「支持部材」(構成要件1A, 1B, 1D)の意義及び充足性(単一の部材に限られるか、複数部材の組み合わせを含むか)
    • 「支持部」(構成要件1B)の充足性(誘導加熱方式における移動防止機能の有無)
    • 「流路」(構成要件1B, 1C, 1D)の意義及び「形状が相似な円形状」(構成要件1C)の充足性
    • 「空孔率」に関する構成(構成要件1D, 2A)の充足性
  • 争点2: 無効理由の有無(特許性)
    • 丙30発明(欧州特許出願公開第3494809号公報記載の発明)等を主引用例とする新規性欠如(特許法29条1項3号)
    • 本件発明2の進歩性欠如(特許法29条2項)
    • 分割要件違反(特許法36条6項1号等)による最先出願日遡及の不成立及び公然実施・刊行物公知
    • サポート要件違反(特許法36条6項1号)
  • 争点3: 公知技術の抗弁
  • 争点4: 原告の損害発生の有無及び額

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

当裁判所は、充足性等の他争点に先立ち、争点2-5(丙30発明を主引用例とする新規性欠如)について審理・判断を行い、以下のロジックに基づき本件各発明の新規性を否定した。

(1) 丙30発明の認定
欧州特許出願公開第3494809号公報(丙30文献、公開日:2019年6月12日=本件特許の原出願日前の公知刊行物)の記載及び図面(特に実施例2・図2)に基づき、丙30発明には以下の構成が開示されていると認定した。

  • タバコロッド(20)を上流側に、下流側に中空部(300)、冷却部(200)及びフィルタロッド(100)を長手方向に順に配設した非燃焼式シガレットであること。
  • 中空部(300)の壁部(肉厚周壁部分)及び冷却部(200)の壁部が、タバコロッド加熱挿入時の押圧力に耐え、タバコロッドの移動を防止する機能(支持部)を有すること。
  • 流入口(中空部側開口)及び流出口(冷却部側開口)の長手方向に垂直な断面が相似な円形状であり、流入口の径が流出口の径よりも小さいこと。
  • 丙30文献に記載された具体的な寸法範囲(中空部・冷却部の外径5~8mm、中空部空洞径2~7mm、冷却部貫通孔径4~7.8mm)から、本件明細書の定義に従い空孔率を算出すると、流入口の空孔率は6.25%以上100%未満、流出口の空孔率は25%以上100%未満となり、両者の差は0%以上93.75%未満となること。

(2) 本件各発明と丙30発明の対比及び原告の反論排斥

  • 相違点5-1(支持部の有無)の不認容:原告は「丙30発明の中空部と冷却部を合わせたものが移動防止機能を果たすか不明」と主張したが、加熱手段への挿入時の耐性構造や壁部肉厚の設定から、タバコロッドの移動を防止する「支持部」の構成を備えていると認められ、相違点は存在しない。
  • 相違点5-2(流路断面形状の相似性)の不認容:原告は断面形状の相似性を争ったが、丙30文献には円筒状かつ円形の貫通孔・空洞部が開示されており、径の異なる相似な円形状が含まれるため、相違点は存在しない。
  • 相違点5-3(空孔率の差)の不認容:原告は「丙30文献には空孔率という指標が存在しない」と主張したが、丙30文献に開示された寸法範囲から算出される空孔率の差(0%以上93.75%未満)は、本件発明2の構成要件2Aが特定する空孔率の差の数値範囲(19~69%ポイント)を完全に包含しているため、実質的な相違点は存在しない。

(3) 結論
本件各発明は、その特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明(丙30発明)と同一であり、新規性を欠く(特許法29条1項3号)。
したがって、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから、特許法104条の3第1項に基づき、原告は被告に対して本件特許権を行使することができない。その他の争点(構成要件充足性や損害額等)について論ずるまでもなく、原告の請求は理由がないため棄却された。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • パラメータ・数値限定発明における公知技術の認定(包含関係による新規性否定):
    本件では「空孔率」及び「流入口と流出口の空孔率の差(19~69%ポイント)」という技術パラメーター・数値限定が請求項に含まれていた。しかし裁判所は、引用文献(丙30)側に「空孔率」という用語やパラメータ自体の明示的記載がなくても、引用文献に示された部材の具体的寸法(外径・内径等)から理論的に算出される数値範囲が特許の数値限定範囲を包含している場合、新規性が否定されると判断した。パラメータの導入や差分数値の権利化による特許性主張に対する実務上の限界を示している。
  • 複数部材の組み合わせ解釈と無効論の「挟み撃ち」構造:
    原告は侵害論(充足性)において、対象製品のエアーフローチャンバー(部材C)と冷却プラグ(部材D)という2つの別部材の一体物を本件の「支持部材」に当たると主張していた。これに対し無効論において、裁判所は引用文献の2部材(中空部300と冷却部200)を一体として捉え、「支持部」や「流路」の構成を認定した。侵害主張のためにクレーム構成要素を広範・柔軟に解釈(複数部材の一体化)したことが、結果的に公知技術の包含範囲を広げ、新規性欠如(無効の抗弁)を誘発する結果となった(実務上の「挟み撃ち」の典型例)。
  • 審理効率と判決構成:
    本件は充足性、分割要件違反、サポート要件違反、進歩性欠如、損害額等、多数の複雑な争点が平行して争われたが、裁判所は最も明確に新規性を欠く公知文献(丙30)を抽出し、特許法104条の3第1項を適用して速やかに請求棄却の結論を導いている。訴訟実務における迅速な審理判断の例として参考になる。

【大阪地裁 / 2026年05月14日】令和7年(ワ)第2859号 - 特許権侵害差止等請求事件(ダニ捕獲シートに関する特許権侵害差止等請求事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「3次元ダニ捕獲体」とする特許第7002839号の持分2分の1を有する原告(株式会社オーラルファッション)が、被告(株式会社SHIMADA)に対し、被告の製造・販売する不織布を用いた「業務用ダニ捕獲シート」(被告製品)が本件特許権(本件発明1および4)を侵害(文言侵害または均等侵害)していると主張して、特許法100条1項および2項に基づく被告製品の製造・譲渡等の差止めおよび廃棄並びに民法709条に基づく損害賠償金(4,400万円)等の支払を求めた事案である。

2. 判決の主文

1. 原告の請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1-1: 被告製品の「不織布」構成が本件発明1の「スポンジ状の連続気泡構造体」(構成要件B~E)を充足するか(文言侵害の有無)
  • 争点2-1: 被告製品の「不織布」構成が本件発明4の「メッシュ状の連続格子構造体」(構成要件H~K)を充足するか(文言侵害の有無)
  • 争点3: 「スポンジ状の連続気泡構造体」または「メッシュ状の連続格子構造体」を「不織布」に置換した構成について均等侵害が成立するか(均等第2要件・第3要件)
  • 争点4: 本件特許の無効理由の有無(明確性要件違反、乙8・乙13・乙16等を主引用例とする進歩性欠如)(未判断)
  • 争点5: 損害の有無および額(未判断)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、被告製品が構成要件B~EおよびH~Kを文言上充足せず、均等侵害も成立しないとして、特許無効等の点について判断するまでもなく原告の請求を請求棄却とした。

(1)文言侵害の不成立(構成要件充足性の否定)

  • 「スポンジ状の連続気泡構造体」(本件発明1)について:
    「気泡」とは固体・液体中にあって気体を含み丸くなったものを意味する。「スポンジ状の連続気泡構造体の多孔質体」とは、一定の径を持つ気泡が連続する立体構造をもつ多孔質体を指す。被告製品の素材である「不織布」は、繊維が接着・絡合された3次元の繊維集合体であり繊維間に空隙を有するものの、固体間(繊維間)の空隙にすぎず「気泡」を備えた構成とは認められない。したがって不織布は「連続気泡構造体」に該当しない。
  • 「メッシュ状の連続格子構造体」(本件発明4)について:
    「格子構造(ラティス構造)」は枝状に分岐した格子を配置した立体構造であり、本件明細書の記載(【0053】)等に照らし、一定程度の規則性・周期性を持つ構造が想定される。「メッシュ状の連続格子構造体」とは、一定の径と規則性・周期性を持つ格子が連続する立体構造を指す。被告製品の不織布は、独立した繊維が複雑かつランダムに絡み合った構造であり、規則性や周期性が認められないため、「連続格子構造体」に該当しない。

(2)均等侵害の不成立(争点3)

  • 第2要件(置換可能性・同一の作用効果)の否定:
    本件各発明の作用効果は、300~3000μmの孔径・隙間を有する3次元構造体に粘着剤を含浸させることで、侵入したダニに対し3次元的にあらゆる方向から粘着捕捉を可能にし逃走を防ぐ点にある。被告製品において不織布に付着した粘着剤部分の厚さ(約115μm)は、イエダニ成虫の体長(300~500μm)の3分の1ないし4分の1程度にとどまり、「3次元的にあらゆる方向から粘着捕捉する」という本件各発明と同一の作用効果を奏しない。
  • 第3要件(置換容易性)の否定:
    「スポンジ状の連続気泡構造体」または「メッシュ状の連続格子構造体」を不織布に置換することが当業者にとって容易に認識・意図できたと認めるに足りる証拠はなく、また不織布において孔径(300~3000μm)を容易に調整可能かどうかも明らかではない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 技術用語の辞書的・明細書的意義に基づく文言解釈の厳格適用:
    裁判所は「多孔質」である点では不織布と共通し得るとしても、「気泡」(泡構造)や「格子(ラティス構造における周期性・規則性)」といった構成の物理的特徴に着目し、繊維集合体にすぎない不織布との技術的差異を明確に区別して文言侵害を否定した。
  • 均等第2要件(同一の作用効果)における課題解決・物理的寸法の重視:
    均等論の判断において、特許発明の技術的思想(捕獲対象であるダニの体形サイズと3次元捕捉空間の深さ・厚みの関係)と被疑侵害者製品の実際の物理寸法(粘着剤含浸層の厚み)を対比し、数値的に課題解決の作用効果を奏し得ないとして同一作用効果(第2要件)を厳格に否定した実務上参考となる事例である。

【知財高裁 / 2026年5月13日】令和7年(行ケ)第10075号 - 審決取消請求事件(製造流出物の分析結果から特定成分・数値限定を抽出した組成物クレームに関する分割適法性・新規性およびサポート要件判断)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、原告(ザ ケマーズ カンパニー エフシー リミテッド ライアビリティ カンパニー)が、発明の名称を「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」とする特許出願(特願2021-116989号。以下「本願」という。)について、特許庁がした拒絶査定不服審判の不成立審決(不服2023-16883号。以下「本件審決」という。)の取消しを求めた審決取消訴訟である。

【事実経過の要約】

  • 原出願・分割の経緯: 本願は、平成21年(2009年)5月7日に国際出願された特願2011-508656号(原出願。優先日:平成20年5月7日・米国)から数次の分割を経て、令和3年(2021年)7月15日になされた多重分割出願である。
  • 本願発明1(請求項1)の構成:
    「77.0モルパーセント以上のHFO-1234yfと、0.2モルパーセント以下のHFC-143aと、HFC-23、HFO-1141、HFC-245cb、HFC-254eb、HCFC-244bb及びHCFO-1233xfからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物と、を含有する組成物。」
  • 本件審決の理由: 原出願の出願当初の明細書等(原出願明細書等)に本願発明1の組成物は開示されておらず、分割出願の適法性要件(特許法44条1項)を満たさない(出願日遡及効が認められない)。その結果、原出願の公表特許公報(引用文献1)が先行技術となり、本願発明1は新規性を欠く(特許法29条1項3号)。また、サポート要件(特許法36条6項1号)にも適合しない。
  • 原告の請求: 本件審決の取消し。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1: 分割出願の適法性(特許法44条1項)及び新規性欠如(特許法29条1項3号)に係る判断の当否(取消事由1)
    (原出願明細書等に記載された製造実施例の分析データから、特定の化合物選択およびモル%限定を抽出して「物の発明」として特定した本願発明1が、原出願明細書等に記載された事項の範囲内といえるか)
  • 争点2: サポート要件適合性(特許法36条6項1号)に係る判断の当否(取消事由2)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所(第2部)は、以下の論理により原告の請求を棄却し、本件審決の判断を維持した。

(1) 争点1(分割出願の適法性及び新規性)について

  • 規範(法的判断基準):
    分割出願が適法と認められ出願日の遡及効果(特許法44条2項本文)を得るためには、分割出願の明細書等に記載された事項が、原出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面(原出願明細書等)に記載された事項の範囲内であることを要する。原出願明細書等に記載された事項とは、当業者によって原出願明細書等から直接的かつ明確に導き出せる技術的事項を意味する。
  • 本件事実に対する当てはめ:
    • 原出願明細書等には、HFO-1234yf等の調製時に特定の追加化合物が少量存在し得ること、及び反応流出物の分析結果(実施例15等のプロファイルデータ)は記載されているものの、「77.0モル%以上のHFO-1234yf」と「0.2モル%以下のHFC-143a」と特定の追加化合物を組み合わせた組成物自体の明示的記載はない。
    • また、「HFC-143a」のみを他の追加化合物と区別して0.2モル%以下とすることの技術的意義や、当該特定の組成・数値限定による作用効果に関する記載ないし示唆も存在しない。
    • 実施例15に記載の分析データ(特定の温度条件における流出物のGCMS測定結果)は、単に当該条件下で生成した各種成分の割合を示したにすぎず、そこから特定の化合物を任意に選択・抽出した多様な組成態様や、85.0モル%を超えるHFO-1234yfを含有する組成物が原出願明細書等に開示されていたと解することはできない。
    • したがって、原出願明細書等の記載から本願発明1の組成物を特定することは、「新たな技術的事項を導入するもの(新規事項の追加)」であり、本願は適法な分割出願とは認められない。
  • 新規性についての結論:
    本願は分割の遡及効を有しないため、実質的な出願日は分割出願日以降となる。原出願の公開公報である引用文献1(平成23年7月14日公表)は本願前の公知文献であり、本願発明1は引用文献1に記載された引用発明1~3と同一であるから、特許法29条1項3号により新規性を欠く。

(2) 争点2(サポート要件適合性)について

  • 規範及び判断:
    サポート要件(特許法36条6項1号)の適合性は、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であり、当業者が課題を解決できると認識できる範囲か等を対比検討して判断する。
  • 本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、原出願明細書等と実質的に同一である。上述のとおり、原出願明細書等に本願発明1の組合せに係る組成物が技術的思想として記載されているとはいえない以上、本願明細書の発明の詳細な説明にも記載されていない。
  • したがって、当業者が本願明細書の記載や技術常識から当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず、サポート要件に適合しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 1. 製造プロセス分析データからの「物の発明(組成物クレーム)」抽出の限界
    化学・材料分野の特許実務において、出願時の明細書に記載した製造実施例の反応生成物分析結果(GCMS等のプロファイル数値)に基づき、後から特定の成分・数値範囲(パラメータ)を切り出して組成物クレームとして分割出願する手法が散見される。本判決は、単なる分析データの例示から特定の成分選択や数値限定を抽出してクレーム化する場合、「その選択や数値限定の技術的意義・作用効果が当初明細書等に開示・示唆されていない限り、新たな技術的事項の導入(新規事項追加)にあたる」として分割の適法性を明確に否定した。
  • 2. 多重分割出願における原出願公表公報による自滅リスク(自己衝突)
    原出願の開示範囲を超えた分割クレーム(不適法な分割)を作成した場合、出願日遡及効(特許法44条2項)が失われる。その結果、自らの「原出願の公表公報」が先行技術(特許法29条1項3号)となり、新規性・進歩性を否定されて拒絶・無効化されるという、実務上極めて重大なリスク(自己衝突)を再確認させる事例である。
  • 3. 明細書作成・分割戦略上の実務的留意点
    将来的に特定の副生成分や不純物範囲を限定した組成物クレーム(あるいは特定パラメータで規定した物クレーム)に分割・補正する可能性がある場合、当初出願の段階で単に実験データの数値表を載せるだけでなく、①特定の成分を抽出することの意義、②数値範囲(上限・下限)の技術的根拠・作用効果、③成分の選択肢(マルクーシュ形式等)とその技術的成立性を明細書中に明示的に記載しておくことが不可欠である。

【知財高裁 / 2026年9月9日】令和7年(行ケ)第10088号 - 審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容) 本件は、発明の名称を「正圧ガスを使用する外科吸引装置」とする特許出願(特願2018-545340号)の出願人である原告(コンメッド コーポレイション)が、特許庁による拒絶査定不服審判請求不成立審決(不服2023-15352号)の取消しを...