【知財高裁 / 2026年07月30日】令和8年(ネ)第10035号 - ウナギ加工品売買代金支払請求控訴事件(特許権侵害および不完全履行に基づく相殺抗弁の成否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被控訴人(原告・中国法人)が、控訴人(被告・日本法人)に対し、両者間で締結されたウナギ加工品の売買契約(本件各売買契約)に基づき、未払売買代金合計71万3,249.92米ドルおよびこれに対する訴状送達日翌日(令和6年3月29日)から支払済みまで中国法所定の年4.485%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し控訴人は、原審において、①被控訴人による特許権侵害(食品用台紙に関する発明の技術的範囲属否が問題となったもの)を原因とする損害賠償請求権、および②別件のウナギ加工品売買契約(本件対象契約)における債務不履行(死んだウナギを加工品に使用したこと等による不完全履行・品質不適合)を原因とする損害賠償請求権を自働債権とし、本訴代金請求権を受働債権として対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。

原審(東京地裁)が控訴人の相殺の抗弁をいずれも排斥して被控訴人の請求を全額認容したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。

2. 判決の主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許権侵害に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁の成否(原告製品の本件特許発明の技術的範囲属否)
  • 争点2: 売買契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁の成否(死んだウナギの使用等の不完全履行および損害の有無・因果関係)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、原判決の判断を引用・承認した上で、控訴人が当審において提出した補充主張を以下の通り排斥し、本件控訴を棄却した。

(1) 争点1(特許権侵害に基づく相殺抗弁)について

本件特許発明における「板紙の秤量」とは、食品用台紙のうち「撥水性層を有する上面部及び下面部」を含まないものの坪量(1㎡当たりの用紙1枚の重量)を意味するものと解釈される。控訴人が証拠として提出・測定した食品用台紙が被控訴人製品(原告製品)に係るものであるか否かにかかわらず、原告製品における「板紙の秤量」が本件発明の数値限定(960~1440g/㎡)を満足し、技術的範囲に属することを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
したがって、特許権侵害に基づく損害賠償請求権は成立せず、これを自働債権とする相殺の抗弁は理由がない。

(2) 争点2(債務不履行に基づく相殺抗弁)について

控訴人は、被控訴人が死んだウナギを仕入れて加工・販売したことにより不完全履行があったと主張するが、提出された加工現場の動画(乙10等)を見ても、加工対象のウナギが仮死状態(氷水浸漬)であるのか既に死んだものであるのかは判然としない。また、関係者間のチャットやり取りや陳述書も、クレームや死んだウナギの加工に関して抽象的・断片的に言及するにとどまり、本件目的物が契約上定められた品質・水準に適合していなかったことを具体的に認定するに足りない。
さらに、後日公表された被控訴人の食品衛生法違反の事実も本件契約後の出来事であり具体的内容も不明であるほか、控訴人が取引先に対して販売単価を減額せざるを得なかった要因が被控訴人の供給した製品の品質に起因するものであると認める証拠もない。
したがって、債務不履行およびこれにより損害が発生した事実を認めることはできず、これを自働債権とする相殺の抗弁も理由がない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

① 特許発明の技術的範囲属否における主張・立証責任の厳格性
特許権侵害を理由とする損害賠償請求(あるいはそれを自働債権とする相殺抗弁)を主張する際、対象製品の特定のみならず、クレーム(特許請求の範囲)の解釈に照らした構成要件充足性の立証が厳格に求められる。本件のように「板紙の秤量」から特定の層(撥水性層)を除外して測定すべきとされる解釈下では、その定年に合致した的確な測定結果・証拠の提出がない限り、技術的範囲属否は否定されるという実務的厳格性が示されている。

② 国際売買取引における不完全履行(契約不適合)の立証限界と証拠価値
買主(輸入業者)が売主(輸出業者)の原材料不良や製造態様を理由に債務不履行・契約不適合を主張する場合、工場内の動画、関係者のチャットログ、従業員の陳述書といった定性的・伝聞的証拠のみでは不十分と判定された。特に食品取引等において品質欠陥を主張する場合には、不適合の客観的・具体的な特定(科学的分析結果や受領時の検品記録等)およびそれと主張損害(転売先の減額請求等)との直結する因果関係の立証が不可欠であることを示す実務上重要な事例である。

0 件のコメント:

コメントを投稿

【知財高裁 / 2026年07月30日】令和8年(ネ)第10035号 - ウナギ加工品売買代金支払請求控訴事件(特許権侵害および不完全履行に基づく相殺抗弁の成否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容) 本件は、被控訴人(原告・中国法人)が、控訴人(被告・日本法人)に対し、両者間で締結されたウナギ加工品の売買契約(本件各売買契約)に基づき、未払売買代金合計71万3,249.92米ドルおよびこれに対する訴状送達日翌日(令和6年3月29日)か...