【知財高裁 / 2026年9月9日】令和7年(行ケ)第10088号 - 審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「正圧ガスを使用する外科吸引装置」とする特許出願(特願2018-545340号)の出願人である原告(コンメッド コーポレイション)が、特許庁による拒絶査定不服審判請求不成立審決(不服2023-15352号)の取消しを求めた事案である。
特許庁(被告)は、本願発明(請求項1)は引用文献1(米国特許出願公開第2017/0014559号明細書)に記載された引用発明と実質的に同一であり、特許法29条1項3号(新規性欠如)に該当して特許を受けることができないと判断した。これに対し原告は、特許庁による引用発明の認定および本願発明との対比に複数の誤り(特に構成要件の認定、流体連通構造の認定、および複数実施形態の不当なモザイク的統合)があるとして本件訴訟を提起した。

2. 判決の主文

1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
3. この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1: 「外科手術用ツール」の認定の誤りの有無(引用文献1中の「結合し得る(may be configured to couple)」との記載から、外科器具を構成要素として含む引用発明を認定できるか)
  • 争点2: フィルタ位置・流体連通関係の認定の誤りの有無(キャニスタ出力ポートとフィルタ入力ポートとの流体連通関係が引用文献1に開示されているか)
  • 争点3: 導管の形成態様の認定の誤りの有無(特定の実施形態における導管構造を、システム全体の吸引装置に適用して認定できるか)
  • 争点4: 異なる実施形態のモザイク認定の誤りの有無(単一文献中の別個の章・実施形態に記載された複数の要素[吸引装置、逆流防止弁、吸引システム]をひとまとまりの引用発明として統合・認定したことの適否)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、原告が主張するいずれの取消事由も理由がないとして請求を棄却した。その判断ロジックは以下のとおりである。

(1) 「外科手術用ツール」の認定について(争点1)

引用文献1には「いくつかの実施形態では、吸引アタッチメント2552は、外科器具に結合するように構成してもよい」と明示的に記載されている。この記載は、吸引アタッチメントが外科器具に結合する構成を実施形態として具体的に開示しているものと認められる。したがって、同記載に基づき「吸引アタッチメントに結合された外科器具」を含む構成を引用発明として認定し、本願発明の「外科手術用ツール」に相当するとした審決の判断に誤りはない。

(2) フィルタ位置・流体連通関係の認定について(争点2)

引用文献1には、流体分離器が液体、固形物及びガスを回収キャニスタへ排出し、その後ガスが吸引装置によって吸引されてフィルタにより要素が除去される旨の記載がある。これに加え、医療用吸引装置においてキャニスタに吸入・排出ポートを設け、ガスを含む排出物を受け取った後に排出ポートからガスを排出させることは「技術常識」である。当業者は同記載および技術常識に基づき、ガスが回収キャニスタから流体分離器を経て吸引・フィルタリングされる構成(流体連通)を直接理解できるため、系統が分離しているとする原告の主張は採用できない。

(3) 導管の形成態様およびモザイク認定について(争点3・争点4)

引用文献1において、全体システム(2500)を構成する吸引装置(2510)は、先行する各実施形態(100、300、1200等)の「一例」とされ、さらに逆流防止弁を備えた吸引装置(2100)もそれらの一例として明記されている。また、逆流防止弁(2200)についても、吸引装置2100に適用される逆流防止弁(2116)の一例として言及されている。
このように、単一の刊行物内において各構成要素の選択肢が上位概念・共通例示を介して相互に参照・結び付けられている場合、当業者は特定の選択肢を組み合わせた具体的な技術的思想を当該文献に開示されたものとして一連に認識・抽出できる。したがって、各実施形態を統合してひとまとまりの引用発明として認定したことは正当であり、不当なモザイク認定には当たらない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 単一文献内における複数実施形態の組合せ(モザイク的認定の許容性):
    特許法29条1項3号の新規性判断において、単一の引例から異なる実施形態の要素を組み合わせることは原則として慎重であるべきとされる。しかし本判決は、明細書本文中で各要素(装置、弁、全体システム)が相互の具体例・選択肢としてクロスリファレンス的に言及されている場合には、それらを組み合わせた構成も「引用文献に現実に記載された技術的思想」として抽出可能であるという実務判断を示した。引例中の「例示」言説の連鎖構造を緻密に追跡・反論する必要性を再確認させる事例である。
  • 「~し得る(may be ...)」等の任意的記載の引例適格性:
    特許実務上、「may be configured to...」等の任意・選択的表現であっても、当業者にとって具体的な一実施形態として開示されていると認識できる程度に至っていれば、新規性を否定する構成要件の開示(引用発明の構成要素)として十分に認定され得る点が確認された。
  • 記載不備・省略部分に対する「技術常識」による補完の限界:
    配管系統の具体的接続(流体連通)が図面等で一部省略・曖昧であっても、明細書の文脈および当該技術分野の技術常識を参酌して当業者が一義的にその経路・機能を把握できる場合には、引用文献の開示範囲内として新規性欠如の対比対象となる。出願人側としては、単なる図示の不足を突くだけではなく、技術常識に照らしてもその流路が成立しない・別個の技術的意義を有する旨の積極的立証が求められる。

【知的財産高等裁判所 / 2026年9月3日】令和7年(行ケ)第10101号 - 特許取消決定取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「磁気シールド材」とする特許(特許第7207706号)の特許権者である原告(北川工業株式会社)が、特許異議申立事件(異議2023-700722号)において特許庁がした訂正後の請求項1、5及び6に係る特許の取消決定(本件決定)を不服とし、その取消しを求めた事案である。
特許庁は、本件訂正発明が進歩性を欠くこと(取消理由1)、および導電層の厚みに関する「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚みを有し」との記載が特許法36条6項2号の明確性要件に適合しないこと(取消理由2)を理由として取消決定を下した。原告は、引用発明の認定や動機付け等の進歩性判断の誤り(取消事由1)および明確性要件判断の誤り(取消事由2)を主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1:明確性要件(特許法36条6項2号)違反の判断の適否(取消事由2)
    導電層の厚みについて「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚みを有し」と規定した記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否か。特に、実施品パッケージ等の外部表示により確認できるとする主張の可否。
  • 争点2:進歩性(特許法29条2項)欠如の判断の適否(取消事由1)
    主引用発明(甲1)の認定の当否、および電磁波発生源の上に導電層を配しその上に磁性層を配するという配置順序(相違点2)の設計事項性・顕著な効果の有無(※裁判所は争点1のみで結論を導いたため判断を省略)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、明確性要件違反(取消事由2)についての本件決定の判断に誤りはないとして、進歩性判断(取消事由1)を検討するまでもなく原告の請求を棄却した。具体的な判断ロジックは以下のとおりである。

(1) 「周波数帯に応じた」という記載の解釈と不明確性
「周波数帯」とは「ある二つの周波数の間の範囲」を意味するため、導電層の厚みと対応関係にある周波数の上限値および下限値が特定されなければ、当該導電層の厚みが「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた」ものであるか否かを判別することはできない。
本件明細書等の記載(図3等)を参酌しても、特定の厚みを有する導電層が上限値・下限値によって画される特定の周波数帯に「応じた」ものといえるか否かを判断することはできず、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。

(2) 製品パッケージ・コード表示等の外部表示による技術的範囲画定の否定
原告は、実施品において「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯」が商品パッケージや二次元コード等で直接的・間接的に示されるため確認可能である旨主張した。しかし裁判所は、以下の理由からこれを退けた。

  • 特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められ、明細書及び図面を考慮して解釈されるべきものである(特許法70条)。
  • 特許請求の範囲外である「商品パッケージ等による表示の有無及び内容」によらなければ技術的範囲に含まれるか否かの判断ができないとすれば、当該特許請求の範囲の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといわざるを得ない。
  • 客観的に同一の物であっても、外部表示の有無や内容によって技術的範囲に含まれるか否かが分かれ得ること自体、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であることの帰結にほかならない。

(3) 結論
したがって、本件訂正発明1(およびこれを引用する請求項5、6)は特許法36条6項2号に違反し、特許取消決定(特許法114条2項、113条4号)は適法である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 物同一性と「外部表示・主観的目的」による技術的範囲特定の限界:
    物の発明において、「〜に応じた[数値範囲]」のように使用目的・用途や外部パラメータへの適合性を用いて特定する場合、客観的な物が同一であるにもかかわらず、販売時のパッケージ表示やカタログ記載、製作者の意図等によって属否が変動するようなクレーム表現は、特許法70条および36条6項2号に照らして明確性要件違反となることが改めて明確に示された。
  • パラメータ・相関関係を特定事項とする場合のドラフティング実務:
    対象周波数等の外部条件と構成要件(厚み等)との相関関係をクレームアップする場合、明細書中においてその「対応関係の基準(閾値や数式、上限・下限を画定する客観的ルール)」を明確に開示・定義するか、あるいは単に導電層の客観的厚み(数値範囲)のみに限定して用途限定は独立クレームから除外するなど、第三者が完成物から客観的に属否を判別できるクレーム設計が実務上不可欠である。

【東京地方裁判所 / 2026年08月19日】令和7年(ワ)第70203号 - 職務発明対価相当請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被告(株式会社埼玉村田製作所)の元従業員である原告が、在職中に完成した職務発明に係る特許権(特許第4961445号[甲24特許]を含む計6件の特許権。以下「本件各特許権」)及び特許出願(計2件)について、被告の勤務規則(発明考案取扱規程)に基づく実績報奨金、又は平成20年改正前特許法35条3項・5項に基づく相当の対価の一部として、合計600万円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
原告の請求の内訳は、①本件各特許権の被告による実施及び被告の完全親会社(株式会社村田製作所)への一括譲渡を理由とする請求(300万円)、並びに②原告の未登録出願等に係るアイデアを被告製品において使用したことを理由とする請求(300万円)からなる。

2. 判決の主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 甲24特許発明の被告各製品における実施(技術的範囲の充足性)の有無
    (電解めっき処理前の浸漬過程において、構成要件1Dの「置換めっき処理」による「第1のめっき電極層」が形成されているといえるか)
  • 争点2: 親会社への知的財産権の一括譲渡における本件各特許権の譲渡対価の有無
  • 争点3: 本件各特許発明に係る被告実績報奨金又は相当の対価請求権の有無及びその額
  • 争点4: 特許権の設定登録に至っていないアイデアの使用に対する実績報奨金又は相当の対価請求権の成否

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 争点1(甲24特許発明の実施の有無)について:不実施

甲24特許の構成要件1Dにいう「第1のめっき電極層」とは、明細書の記載や技術常識に照らし、置換めっき処理によって成形体表面の一部に形成される導電性を有するめっき層であり、一定の広がりを有するものと解される。
原告は、被告製品の電解めっき工程前の浸漬(約30秒間)により置換めっき層が形成されていると主張する。しかし、置換めっきと電気めっきでは好適な水溶液の成分やpHが異なる上、被告製品で使用されるめっき液は本件明細書記載の置換めっき液とは異なり、被告製品では置換めっきとは別異の方法で導電性付与を行っている。したがって、置換めっきの効果により導電性を有するめっき層が一定の広がりをもって形成されているとは認められず、構成要件1Dを充足しない。他の被告製品についての実施立証もなく、被告による甲24特許発明の実施は認められない。

2. 争点2(一括譲渡における本件各特許権の譲渡対価)について:対価ゼロ

被告から完全親会社への知財一括譲渡における対価は、免除ロイヤリティ法(インカム・アプローチ)に基づいて算定されている。同算定過程において第三者評価機関に対し実施特許や重要特許として本件各特許権は一切挙げられておらず、現に実施もされておらず実施予定もない。
したがって、本件各特許権は多数の知財の一括移転に伴い厳密な検討を経ずに形式的に対象に含まれたものにすぎず、譲渡対価の算定に対する特段の寄与は認められないため、被告が本件各特許権について譲渡対価を得たと評価することはできない。

3. 争点3(本件各特許発明に係る報奨金・相当の対価請求権の成否)について:請求権不発生

親会社による知財一元管理を目的としたグループ内一括譲渡は、グループ外の第三者との関係で売上・利益を生じさせるものではないため、社内規程上の「第三者」への譲渡に直ちには該当せず、また被告に対価の帰属も認められないため実績報奨金の支給事由を欠く。
また、被告による本件各特許発明の実施、独占の利益、あるいは譲渡対価の取得のいずれも認められない以上、特許法35条5項(平成20年改正前)の「使用者等が受けるべき利益」が発生したとはいえず、相当の対価請求権も成立しない。

4. 争点4(アイデアの使用に係る報奨金・相当の対価請求権の成否)について:請求権不発生

被告の発明考案取扱規程は、特許・実用新案の対象となる「完成された技術的思想の創作」を対象としており、完成に至らないアイデアを含むものではない。また、特許法35条は発明の完成及び特許を受ける権利の承継を前提とする規定である。したがって、未登録出願等のアイデアの使用について報奨金又は相当の対価を請求する余地はない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • グループ内知財一括譲渡における「使用者等の受けるべき利益」の評価手法:
    企業グループ内の知財一元管理を目的とした特許権の一括譲渡において、免除ロイヤリティ法による第三者評価額が総額として存在する場合であっても、当該特許が不実施であり評価対象として個別価値を認識されていない場合には、個々の特許権についての譲渡対価(使用者利益)は「ゼロ」と評価される。知財ポートフォリオ譲渡における個別対価算定の立証実務において参考となる判断である。
  • 不可避的な化学反応と特許発明の技術的範囲の充足性:
    電気めっき工程の浸漬段階で生じ得る付随的・過渡的な置換析出現象をもって、特許請求の範囲に規定された「置換めっき処理による電極層形成」工程と評価することはできないとし、明細書の開示、液組成・pH、技術的意義(導電層としての機能)に即した厳格な充足性判断がなされている。
  • 「アイデア」に対する職務発明対価請求の遮断:
    特許法35条および社内規程の適用範囲は「完成された技術的思想の創作(発明・考案)」に限られ、拒絶・取下げとなった出願や単なるアイデアの使用に対しては相当の対価請求権は発生しない旨を明快に再確認している。

【知財高裁 / 2026年8月27日】令和8年(ネ)第10023号 - 特許権侵害差止等請求控訴事件(電気コーヒーメーカー事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「電気コーヒーメーカー」とする2件の特許(特許第6376369号[本件特許1]、特許第6593723号[本件特許2])を有する控訴人(原告・特許権者)が、被控訴人ら(被告ら)による被告製品の輸入、製造、販売等の行為が上記各特許権を侵害すると主張した事案である。
控訴人は、被控訴人らに対し、特許法100条1項に基づく輸入等の差止め、同条2項に基づく製品および金型の廃棄、ならびに不法行為に基づく損害賠償金3000万円および遅延損害金の連帯支払を求めた。
原審(大阪地方裁判所令和6年(ワ)第2606号)が控訴人の請求を全部棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した(なお、控訴審において控訴人は本件発明1に関する均等侵害の主張等を一部撤回している)。

2. 判決の主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1-2:本件発明1の構成要件D-1の充足性
    (被告製品が「ボイラーで沸かした湯はスチームが発生する前に…ヒータをOFFしてスチーム圧力を発生させない」構成を備えるか否か、低気圧環境・センサの熱時定数を踏まえた温度制御の評価)
  • 争点2-6:本件発明2に関する均等侵害の成否
    (ヒータを「ボイラー容器の中空に吊り下げ」る構成に対し、被告製品のようにボイラー底面に接触固定させた構成が均等の第5要件[意識的除外・特段の事情]に抵触するか否か)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、原判決の判断を引用した上で、控訴審における補充主張に対し以下のとおり判示し、被告製品はいずれの特許権も侵害しないとして控訴を棄却した。

(1) 構成要件D-1の充足性について(非充足)

  • クレーム解釈:構成要件D-1にいう「スチーム」および「スチーム圧力」は、これらが発生する前にヒータをオフにすると規定されている文言に照らし、「湯の沸騰による水蒸気及びこれにより生じる圧力」を意味すると解される。
  • 当てはめ:控訴人が提出した高地(氷ノ山キャンプ場:気圧915hPa)での実験報告書(甲45)においても、被告製品は湯温が97℃に達して「沸騰した」後にヒータがオフになっており、スチームおよびスチーム圧力が発生していると認められる。
  • センサの特性と実湯温:被控訴人側の実験(乙46)によれば、サーミスタが97℃を検知してヒータをオフにする際、サーミスタの熱時定数(10秒)に起因する検知遅延およびボイラー内圧の上昇に伴う沸点上昇により、実際の湯温は100.7℃に達していた。控訴人の主張する理論的計算(時間差なく等しいとする主張)は、経時的な温度変化を前提としない公式に基づいているため採用できない。したがって、被告製品は構成要件D-1を文言上充足しない。

(2) 本件発明2の均等侵害の成否について(不成立)

  • 出願経過(包袋)の認定:控訴人は、審査段階での拒絶理由通知に対し、「ヒータを内蔵してボイラー容器の中空に吊り下げ」る限定補正を行うとともに、意見書において「ヒータはボイラーの水中に吊り下げるように構成するとボイラー底全面が給湯孔のために使用できるので構成が大変簡単になる」などと記載して先行技術との差異を強調し、特許査定を得ていた。
  • 意識的除外(第5要件):上記経緯に照らせば、特許権者は少なくとも「ヒータがボイラーの底面に接触して固定されている構成」については、本件発明2の技術的範囲から意識的に除外したものとみるのが相当である(特段の事情の存在)。
  • 当てはめ:被告製品のヒータは、ボイラー底面に沿う形で底部を2周し、底部に接触して固定されている。したがって、均等の第5要件を欠き、均等侵害は成立しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 温度制御クレームにおける「熱時定数」等の物理的時差の立証:温度センサー(サーミスタ等)の検知温度をトリガーとする制御構成(「スチーム発生前にヒータOFF」等)の充足性立証において、センサの熱時定数や容器内圧による沸点変化に伴う「センサ検知温度と媒体の実温度の乖離」が精緻に検討されている。センサ制御に関する技術的範囲の属否を巡る実務上、センサ追従性の遅延を考慮した実験データの設計・反論が極めて重要となる好例である。
  • 限定補正および意見書による意識的除外(均等論第5要件):拒絶理由通知に対し、構造的限定(中空に吊り下げる)を付加する補正を行い、かつ意見書でその配置構造による固有の効果(底面スペースの確保等)を主張して特許を取得した場合、それと対比される構成(底面に固定する構成)は意識的除外と評価され、均等論の主張が遮断される。出願実務における意見書作成時の限定的陳述のリスク、および侵害訴訟における第5要件(審査経過禁反言)適用の典型的な判断枠組みを示している。

【知的財産高等裁判所 / 2026年08月18日】令和7年(ネ)第10070号 - 特許権侵害差止等請求控訴事件(原判決取消・被控訴人の請求棄却)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「ランプ」とする特許権(特許第6944719号[本件特許1]及び特許第7227646号[本件特許2])を有する被控訴人(第1審原告:株式会社ホタルクス)が、控訴人(第1審被告:細渕電球株式会社)による製品の製造、使用、販売等が本件各特許権を侵害すると主張して、特許法100条1項及び2項に基づき、控訴人製品の製造・使用・販売・販売の申出の差止め及び廃棄を求めた事案である。
原審(東京地方裁判所)は、控訴人製品が本件特許1の請求項1(本件発明1-1)の技術的範囲に属し、無効理由も認められないとして被控訴人の請求を認容したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。

2. 判決の主文

1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1(新無効主張の許否):控訴審において控訴人が新たに主張した無効の抗弁(乙9・乙10公報に基づく主張)が、審理を不当に遅延させるものとして却下(特許法104条の3第2項)されるべきか。
  • 争点2(進歩性の欠如・無効の抗弁):本件各発明(発明1-1、1-2、2-1、2-2)が、乙10公報(特開2015-69708号公報)記載の発明及び周知技術・副引例(乙12等)に基づいて当業者が容易に想到できたものか(特許法29条2項、同104条の3第1項)。
  • 争点3(訂正の再抗弁の成否):被控訴人による特許請求の範囲の訂正(「熱移送手段は、熱伝導素材で形成された熱伝導部材である」旨の限定付加)により、乙10発明に基づく進歩性欠如の無効理由が解消されるか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 無効の抗弁の却下申立て(特許法104条の3第2項)について
控訴人が控訴審で新たに主張した乙9・乙10公報に基づく無効の抗弁は、原判決を踏まえ控訴理由書において提出されたものであることに照らし、審理を不当に遅延させることを目的として提出されたものとは認められないとして、被控訴人の却下申立てを排斥した。

(2) 乙10発明に基づく本件各発明の進歩性欠如(特許法29条2項)

  • 本件発明1-1について: 乙10公報に記載された照明装置(乙10発明)と本件発明1-1を対比すると、①光透過性カバーの有無(相違点10-1)、②LEDが複数であるか(相違点10-2)、③筒状リフレクタの配置関係(相違点10-3)において相違する。
    • 相違点10-1:屋外・進入灯等に用いられる照明装置において風雨や塵埃進入を防止するために光透過性の前面カバー(乙12公報記載)を設けることは自明な課題・構成であり、容易想到である。乙10発明の開口は放熱上必須とまではいえず阻害要因はない。
    • 相違点10-2:同一技術分野である乙12公報に記載された「多数のLEDを実装したCOB型LED」を採用することは当業者が容易に想到し得た。
    • 相違点10-3:乙10発明のリフレクタも光照射側に配置される部分を含み実質的相違とはいえず、仮に相違するとしても乙12公報の反射鏡配置を適用することは容易想到である。
    また、本件発明1-1の効果も当業者が予測し得た範囲を出ないため、本件発明1-1は進歩性を欠く。
  • 本件発明1-2、2-1、2-2について:
    • 発明1-2、2-2(航空機着陸誘導閃光装置への用途):乙10公報自体に滑走路進入灯・閃光灯等への適用が開示されているため容易想到である。
    • 発明2-1(筐体に接続部を有する構成):配線接続のための接続部(コネクタ)を筐体に設ける構成は周知技術(乙5、乙14)であり、容易に適用可能である。

(3) 訂正の再抗弁(争点7)について
被控訴人は、構成要件として「前記熱移送手段は、熱伝導素材で形成された熱伝導部材である」を追加する訂正を主張したが、乙10発明に開示された「自励振動式ヒートパイプ」が熱伝導素材で形成された熱伝導部材であることは技術常識にすぎない。したがって、訂正後も相違点は解消されず、本件各訂正発明も進歩性を欠くため、訂正の再抗弁は理由がない。

(4) 結論
本件各発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから、被控訴人は本件各特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)。原判決を取り消し、被控訴人の請求をいずれも棄却する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 控訴審における新規公報に基づく無効の抗弁と104条の3第2項: 原審で認められなかった無効論に対し、控訴審で新たな主引例(乙9、乙10)を提出した場合でも、原判決の判断を踏まえて控訴理由書で速やかに提出されている限り、「審理を不当に遅延させる目的」とは認定されず、適法な防御方法として許容される実務傾向が維持されている。
  • 副引例の組み合わせにおける「動機付け・阻害要因」の主張の限界: 特許権者側は「主引例と副引例とで放熱構造の全体思想や課題が異なり、組み合わせに阻害要因がある」と主張したが、裁判所は「主引例に適用すべきなのは副引例の放熱機構そのものではなく、COB型LEDモジュールやカバー、リフレクタといった個別部品・配置構成である」と切り分けて判断し、阻害要因の主張を排斥した。部品単位の置換・転用における動機付け判断の実務的留意点を示している。
  • 技術常識・自明な文言の付加による訂正再抗弁の限界: 特許権者が無効理由を回避するために「熱伝導素材で形成された熱伝導部材」という上位概念的な限定を付加しても、引用例に開示された具体的部材(自励振動式ヒートパイプ)が技術常識上これに該当すると判断されれば相違点は解消せず、訂正による無効理由の解消(再抗弁)は認められない。無効回避のための訂正クレーム設計における実効性の検証が極めて重要であることを示している。

【東京地方裁判所 / 令和8年7月15日】令和5年(ワ)第70502号 - 特許権侵害差止等請求事件(配車アプリ「GO」における決済機能連携と特許発明の技術的範囲充足性)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(S.RIDE株式会社)は、発明の名称を「情報処理装置および方法、並びにプログラム」とする特許権(特許第5527045号。以下「本件特許権」、請求項9に係る発明を「本件発明」という)を有する特許権者である。
原告は、被告(GO株式会社)が提供するスマートフォン向けタクシー配車アプリケーション「GO タクシーが呼べるアプリ」(以下「被告プログラム」)が本件発明の技術的範囲(構成要件A〜D)に属し、被告による被告プログラムの作成・使用・譲渡等の行為が本件特許権を侵害していると主張した。
これに基づき、原告は被告に対し、特許法100条1項に基づく被告プログラムの作成・使用・譲渡等の差止め、および同条2項に基づく被告プログラムの抹消を求めて本訴を提起した。

2. 判決の主文

1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1:被告プログラムの本件発明の技術的範囲への属否(侵害論)
    • 争点1-1(構成要件Aの充足性):被告プログラムにおける「d払い」決済機能の登録・連携が、構成要件Aの「前記アプリケーションで提供されるサービス」および「前記アプリケーションの処理により前記サービスを登録し」等に該当するか。
    • 争点1-2(構成要件AないしDの充足性):登録・生成・更新の各ステップが一連の処理として実行されているといえるか。
  • 争点2:本件特許の無効の抗弁の成否(特許法104条の3)
    • 乙8文献、乙11文献、乙9製品、乙14公報、乙15公報、乙16公報に基づく新規性・進歩性欠如、およびサポート要件違反(特許法36条6項1号)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、被告プログラムが構成要件Aを充足しないと判断し、その余の争点(争点1-2、争点2の無効の抗弁)について判断することなく、原告の請求を棄却した。判断ロジックは以下のとおりである。

(1) 構成要件Aにおける「前記アプリケーションで提供されるサービス」のクレーム解釈
本件発明の特許請求の範囲の記載上、「アプリケーション」と「サービス」の関係について直接的な定義付けはない。しかし、本件明細書の発明の詳細な説明(【0012】、【0014】、【0036】、【0346】等)を参酌すると、アプリケーション自体がサービスとされる機能を提供するものであり、他のサービスを利用する場合には当該サービスに対応するアプリケーションの追加が必要である旨が記載されている。
したがって、構成要件Aにおける「前記アプリケーションで提供されるサービス」とは、「アプリケーション自体がサービスとされる機能そのものを提供する場合」を指すと解するのが相当である。
(※原告は、第三者サーバと連携するサービスも含まれると主張したが、明細書中の追加登録に関する記載はアプリケーションとサービス自体の関係を拡張するものではないとして排斥された。)

(2) 被告プログラムの構成要件A非充足(当てはめ)
被告プログラムの決済機能(GO Pay)において「d払い」を利用する態様は、株式会社NTTドコモが提供する決済機能と連携してこれを決済手段として利用しているにすぎない。
したがって、「d払い」は被告プログラムが備えるアプリケーション(GO Pay)自体がサービスとして提供するものとは認められず、構成要件Aの「前記アプリケーションで提供されるサービス」を充足しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 外部API/サードパーティ決済連携機能における構成要件充足性の判断:
    現代のアプリケーションにおいて一般的である「第三者サービス(外部決済事業者等)とのAPI連携・機能統合」について、特許請求の範囲の「アプリケーションで提供されるサービス」という文言に包含されるかどうかが争点となった事案である。裁判所は、明細書の開示内容(UICCやカード内マネージャの背景技術・課題解決構造)を厳格に参酌し、「アプリケーション自身が機能を提供しているか」と「外部のサービスを連携・利用しているにすぎないか」を明確に区別して非充足と判断した。
  • クレーム解釈における発明の詳細な説明の参酌(特許法70条2項):
    出願時の技術的背景(ガラケー時代のUICC/チップ内での複数サービス管理等)に基づいて記載された明細書をベースに、後発のスマートフォン向け配車・決済連携サービスへ権利行使を試みた事例である。本判決は、クレーム文言が抽象的であっても、明細書の実質的な開示範囲(当業者が認識し得る技術的思想)を超えて権利範囲を第三者連携機能全般へと拡張解釈することを認めない実務的傾向を再確認させるものである。

【知的財産高等裁判所 / 2026年08月10日】令和7年(行ケ)第10103号 - 審決取消請求事件(眼内インプラント用の細胞増殖抑制性コポリマ事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「眼内インプラント用の細胞増殖抑制性コポリマ」とする特許出願(特願2019-569356号)の出願人である原告が、特許庁による拒絶査定不服審判請求不成立審決(不服2023-7349号)の取消しを求めた審決取消訴訟である。 特許庁は、本願発明の特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号所定のサポート要件を満たしていないとして請求不成立の審決をしたため、原告がその判断の違法を主張して提訴した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1: サポート要件適合性(特許法第36条第6項第1号)の判断の適否
    • 明細書に対象部位(眼内細胞)に対する直接的な実験データが示されていない場合において、作用機序に関する技術常識から当業者が課題解決可能性を認識し得るか。
    • 特許請求の範囲に記載された複数の第4級アンモニウム系塩モノマのうち、明細書に記載のない化合物を含む共重合ポリマの課題解決可能性の有無。
  • 争点2: 生体適合性に関する審決の判断枠組みの適否

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) サポート要件の判断基準
裁判所は、知財高裁大合議判決の確立した規範に則り、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載とを対比し、「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」、また「その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か」を検討して判断すべきであると判示した。

(2) 本願発明の課題と明細書の記載内容
本願発明の課題は、「眼内インプラント手術後に、その表面に存在する生物が元来有している細胞の増殖を抑制するための、眼内インプラント用の細胞増殖抑制性ポリマを提供すること」にある。 これに対し、発明の詳細な説明の記載を検討すると、以下の不備が認められる。

  • 請求項に記載された5種の第4級アンモニウム系塩モノマ(MDPB、DMAE-CB、MAE-DB、MAE-HB、IDMA-1)のうち、MDPBについては「哺乳動物細胞の増殖を抑制する」旨の記載はあるものの、いかなる特性・作用機序に基づくものかの記載がなく、対象細胞の部位も不明である。
  • DMAE-CBについては細胞増殖抑制性に関する特性・作用の記載がなく、残る3種(MAE-DB、MAE-HB、IDMA-1)に至っては明細書に何ら記載がない。
  • これらモノマを共重合させたポリマを眼内インプラントに用いた際に、眼内細胞の増殖を実際に抑制したことを示す実験結果やデータ等の記載が皆無である。

(3) 技術常識による推論可能性の否定
原告は、第4級アンモニウム基の正電荷と細胞膜の負電荷の静電的相互作用という確立された作用機序に基づき、個別データがなくとも課題解決は推論可能であると主張した。 しかし、裁判所は以下の点を指摘し、原告の主張を退けた。

  • 第4級アンモニウム系化合物の細胞に対する作用は、カチオン性中心構造のみならず、疎水性構造やエステル構造等の影響を受ける。
  • 細胞の種類によって細胞膜の組成等は異なるため、化合物に対する感受性は様々である。
  • モノマが他のモノマと共重合されてポリマ中に固定化された場合、遊離状態の化合物とは異なり、ポリマ表面に存在するもののみが作用を及ぼすため、その作用の程度は実験的に確認されなければ予測できない。
したがって、出願時の技術常識を考慮しても、当業者が本願発明により課題を解決できると認識できる範囲にあるとは認められないとして、サポート要件違反(特許法第36条第6項第1号)を維持し、原告の請求を棄却した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 医療・材料バイオ分野における実験データの重要性とサポート要件
    一般的な化学構造上の作用機序(静電的相互作用など)が公知であっても、生体内の特定部位(眼内等)における標的細胞に対する特異的作用や、モノマを共重合・固定化した高分子状態における物性・薬理効果の発現は、予測性が低い技術分野に属する。そのため、具体的な実験例(実施例データ)を欠く場合、技術常識による推論のみでサポート要件をクリアすることは極めて困難であることを再確認した事例である。
  • 選択的記載(マーカッシュ形式等)と明細書開示の網羅性
    特許請求の範囲で複数の化合物群(本件における5種のモノマ)を択一的にクレームアップする場合、明細書中に全く言及のない化合物や作用機序の記載を欠く化合物が含まれていると、請求項全体としてのサポート要件充足性が厳しく否定される実務的リスクが示されている。明細書作成時における各選択肢の裏付け開示の要否を検討する上で重要な示唆を与える。

【知的財産高等裁判所 / 2026年8月10日】令和7年(行ケ)第10080号 - 審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被告(特許権者:中国科学技術大学)が保有する「三次元画像化可能な顕微鏡及び画像化方法」に関する特許(特許第7032817号)に対し、原告(ライカ マイクロシステムズ)が無効審判を請求したところ、特許庁が無効審判請求不成立(本件訂正を認容した上で特許維持)の審決をしたため、原告がその審決の取消しを求めた事案である。

【主な事実経過】

  • 特許出願・登録:2016年12月6日出願(優先日:2016年10月26日・中国)、2022年3月1日設定登録。
  • 特許無効審判請求:原告が2023年5月25日に無効審判(無効2023-800031号)を請求。被告は訂正請求(本件訂正)を実施。
  • 特許庁審決:2025年4月7日、本件訂正を認めた上で「審判の請求は成り立たない」との審決。
  • 本訴提起:原告は審決取消事由として、進歩性欠如に係る相違点認定の誤り(取消事由1)およびサポート要件違反の看過(取消事由2)を主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1(取消事由1:相違点の認定及び容易想到性判断の適否): 本件発明1等と主引用文献(甲1:diSPIMに関する文献)との相違点2(試料と励起・検出装置との相対運動速度が「0.1mm/s以上」である点)に関し、甲1の開示内容から実質同一であるか、または当業者が容易に想到できたか。
  • 争点2(取消事由2:サポート要件適合性): 本件発明10に記載された「走査解除手段(デスクキャン手段)」が、特許法第36条第6項第1号(サポート要件)を満たしているか(用語の意義が不明瞭で発明の詳細な説明に記載がないといえるか)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 相違点2に関する進歩性の判断(取消事由1:不採用)

  • 甲1の記載内容の評価: 原告は、甲1に「0.1mm/s」の実装や低速による量子化誤差の改善動機が開示されているため相違点2は実質同一または容易想到であると主張した。しかし、甲1の該当箇所における「0.1mm/s」は、ステップサイズを推定するために便宜上用いた「仮定のステージスキャン速度」にすぎず、実際の測定・実装速度ではない。
  • 動機づけの否定: 甲1中の「低速のステージの量子化誤差」という言及は、計算値と測定値の不一致の原因として推測される複数の要素の1つとして例示されたにすぎない。したがって、甲1から「0.1mm/s以上の速度に向上させること」についての示唆・動機づけは認められない。
  • 結論:相違点2は実質同一ではなく、容易想到ともいえないため、本件各発明の進歩性を肯定した審決の判断に誤りはない。

(2) サポート要件適合性の判断(取消事由2:不採用)

  • 請求項及び明細書の文脈的解釈: 原告は「走査解除」が一般的用語ではなく「走査している状態を止めること」としか解釈できないと主張した。しかし、請求項10及び明細書の記載から、「走査手段」が励起光束を走査するものである以上、それと同期作動する「走査解除手段」の対象も光であり、「光が走査されている状態を走査されていない状態に戻す(デスクキャンする)手段」を意味すると解するのが合理的である。
  • 明細書の開示: 明細書中には、共焦点走査型画像化の構成において励起光路と検出光路で共用される2次元走査手段(ガルバノミラー等)が記載されており、当業者であればこれが走査解除手段に該当することを十分に理解できる。
  • 結論:本件走査解除手段は発明の詳細な説明に実質的に記載されており、サポート要件に違反しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 引用文献中の「仮定値・推測要因」に基づく容易想到性主張の限界: 先行技術文献に特定の数値(本件では0.1mm/s)や課題要因(量子化誤差)が記載されていても、それが計算上の仮定値や単なる推測要因の列挙にとどまる場合、実質的開示や設計変更の動機づけ・示唆として認定されないことが再確認された。数値限定発明の進歩性を争う際、引用文献の文脈(実測値・推奨値か、単なる計算パラメータか)を厳格に分析する必要がある。
  • 特許請求の範囲における新規・非慣用専門用語のサポート要件判断: クレーム上の用語(「走査解除」)が一般的な専門用語として定着していない場合であっても、明細書の技術的文脈および当業者の技術常識(共焦点顕微鏡における光路・デスクキャン光学系の共通認識)に照らしてその技術的意義・具体的態様が一義的に理解できるのであれば、サポート要件(特許法36条6項1号)は満たされるという標準的解釈枠組みを示している。

【知財高裁 / 令和8年8月10日】令和7年(行ケ)第10110号 - 審決取消請求事件(特許法36条4項1号・実施可能要件違反等)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

原告(特許権者)は、発明の名称を「温調装置及び温調装置用静電整流器並びに温調装置の効率改善方法」とする特許(特許第6906213号。以下「本件特許」)を有していた。被告が無効審判を請求したところ、特許庁はサポート要件違反(特許法36条6項1号)及び実施可能要件違反(同法36条4項1号)を理由として「本件特許を無効とする」旨の審決(無効2023-800073号)をした。
本件は、原告が同審決の取消しを求めて提訴した事案である。原告は、明細書に課題、構成、一定のモデルに基づく作用効果が記載されており、実施例のデータもあるため当業者が過度の試行錯誤なく再現できると主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: サポート要件の適合性(取消事由1):本件明細書の記載および技術常識から、パルス状減衰波信号によりクラスターを分解・縮小して冷媒流動性を改善するという課題解決が認識できる範囲にあるか。
  • 争点2: 実施可能要件の適合性(取消事由2):当業者が、明細書の記載および出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく本件発明を実施(物の生産・方法の使用)できる程度に記載されているか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、取消事由2(実施可能要件)について検討し、以下の理由から原告の主張を退け、請求を棄却した(取消事由1は判断を省略)。

  • 規範の定立(実施可能要件):
    特許法36条4項1号の要件を満たすためには、当業者が明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、物の発明においては物の生産等を、方法の発明においては方法の使用をすることができる程度の記載を要する。
  • 作用機序の不明確性:
    本件発明は「パルス状の減衰波信号により媒体管内の極性媒体に和電子を供給してクラスターを小さくする」という作用機序を中核とするが、本件明細書自体に「推論の部分もある」と記載されており、出願当時の技術常識からもそのような知見の存在は不明である。
  • 実施例の不適合(クレーム構成との乖離):
    本件発明が「静電整流器を媒体管に接続しパルス状減衰波信号を媒体管に伝達する」構成であるのに対し、明細書記載の実施例は「水を満たした水槽内に電極を投入して評価したもの」であり、信号供給手段が異なる。したがって、当該実施例は厳格な意味での実施例とはいえず、本件発明の効果を裏付けるものとは認められない。
  • 設計事項性の否定:
    目的達成のために不可欠な電圧等のパラメータ調整について明細書に記載がなく、作用機序自体が不明である以上、当業者が技術常識に基づいて適正な調整を行い得るとも、それが単なる設計事項であるともいえない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 未確立なメカニズムに基づく発明における開示レベル:
    技術常識上確立していない独自の作用機序(水や冷媒の「クラスター分解」等)に依拠する発明については、単に推論モデルを提示するだけでは足りず、その作用機序や効果を裏付ける具体的・実証的なデータを開示しなければ実施可能要件違反(およびサポート要件違反)を免れないことが改めて示された。
  • クレーム構成と実施例の整合性:
    試験系(水槽に電極を投入するモデル試験)がクレーム上の特定構成(媒体管に直接接続して信号伝達する構造)と乖離している場合、その実験結果はクレーム発明の効果を裏付ける「実施例」として評価されないリスクがある。明細書作成実務においては、クレームの物理的・電気的接続態様と厳密に一致させた実施例データを盛り込むことが極めて重要である。

【知財高裁 / 2026年07月30日】令和8年(ネ)第10035号 - ウナギ加工品売買代金支払請求控訴事件(特許権侵害および不完全履行に基づく相殺抗弁の成否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被控訴人(原告・中国法人)が、控訴人(被告・日本法人)に対し、両者間で締結されたウナギ加工品の売買契約(本件各売買契約)に基づき、未払売買代金合計71万3,249.92米ドルおよびこれに対する訴状送達日翌日(令和6年3月29日)から支払済みまで中国法所定の年4.485%の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し控訴人は、原審において、①被控訴人による特許権侵害(食品用台紙に関する発明の技術的範囲属否が問題となったもの)を原因とする損害賠償請求権、および②別件のウナギ加工品売買契約(本件対象契約)における債務不履行(死んだウナギを加工品に使用したこと等による不完全履行・品質不適合)を原因とする損害賠償請求権を自働債権とし、本訴代金請求権を受働債権として対当額で相殺する旨の抗弁を提出した。

原審(東京地裁)が控訴人の相殺の抗弁をいずれも排斥して被控訴人の請求を全額認容したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した。

2. 判決の主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許権侵害に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁の成否(原告製品の本件特許発明の技術的範囲属否)
  • 争点2: 売買契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁の成否(死んだウナギの使用等の不完全履行および損害の有無・因果関係)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、原判決の判断を引用・承認した上で、控訴人が当審において提出した補充主張を以下の通り排斥し、本件控訴を棄却した。

(1) 争点1(特許権侵害に基づく相殺抗弁)について

本件特許発明における「板紙の秤量」とは、食品用台紙のうち「撥水性層を有する上面部及び下面部」を含まないものの坪量(1㎡当たりの用紙1枚の重量)を意味するものと解釈される。控訴人が証拠として提出・測定した食品用台紙が被控訴人製品(原告製品)に係るものであるか否かにかかわらず、原告製品における「板紙の秤量」が本件発明の数値限定(960~1440g/㎡)を満足し、技術的範囲に属することを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
したがって、特許権侵害に基づく損害賠償請求権は成立せず、これを自働債権とする相殺の抗弁は理由がない。

(2) 争点2(債務不履行に基づく相殺抗弁)について

控訴人は、被控訴人が死んだウナギを仕入れて加工・販売したことにより不完全履行があったと主張するが、提出された加工現場の動画(乙10等)を見ても、加工対象のウナギが仮死状態(氷水浸漬)であるのか既に死んだものであるのかは判然としない。また、関係者間のチャットやり取りや陳述書も、クレームや死んだウナギの加工に関して抽象的・断片的に言及するにとどまり、本件目的物が契約上定められた品質・水準に適合していなかったことを具体的に認定するに足りない。
さらに、後日公表された被控訴人の食品衛生法違反の事実も本件契約後の出来事であり具体的内容も不明であるほか、控訴人が取引先に対して販売単価を減額せざるを得なかった要因が被控訴人の供給した製品の品質に起因するものであると認める証拠もない。
したがって、債務不履行およびこれにより損害が発生した事実を認めることはできず、これを自働債権とする相殺の抗弁も理由がない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

① 特許発明の技術的範囲属否における主張・立証責任の厳格性
特許権侵害を理由とする損害賠償請求(あるいはそれを自働債権とする相殺抗弁)を主張する際、対象製品の特定のみならず、クレーム(特許請求の範囲)の解釈に照らした構成要件充足性の立証が厳格に求められる。本件のように「板紙の秤量」から特定の層(撥水性層)を除外して測定すべきとされる解釈下では、その定年に合致した的確な測定結果・証拠の提出がない限り、技術的範囲属否は否定されるという実務的厳格性が示されている。

② 国際売買取引における不完全履行(契約不適合)の立証限界と証拠価値
買主(輸入業者)が売主(輸出業者)の原材料不良や製造態様を理由に債務不履行・契約不適合を主張する場合、工場内の動画、関係者のチャットログ、従業員の陳述書といった定性的・伝聞的証拠のみでは不十分と判定された。特に食品取引等において品質欠陥を主張する場合には、不適合の客観的・具体的な特定(科学的分析結果や受領時の検品記録等)およびそれと主張損害(転売先の減額請求等)との直結する因果関係の立証が不可欠であることを示す実務上重要な事例である。

【知財高裁 / 2026年07月29日】令和7年(ネ)第10081号 - 特許を受ける権利の確認請求控訴事件(特許を受ける権利の譲渡合意の成否および負担不履行に基づく無催告解除の可否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、本件各発明(量子ドット技術等に関する発明)の共同発明者である控訴人ら(X1、X2)が、本件各発明について特許出願(本件各出願)を行った被控訴人(zSustainergy株式会社、旧商号:株式会社QDジャパン)に対し、控訴人らが本件各発明に係る特許を受ける権利の共有持分(各2分の1)を有することの確認を求めた控訴事件である。

【事実経過の要約】

  • 当事者関係:控訴人X2は被控訴人を設立して代表取締役に就任し、その後辞任・取締役解任された。控訴人X1は被控訴人の技術顧問(CTO)であった。被控訴人は量子ドット技術の研究開発・事業化を目的とする法人である。
  • 出願の経過:被控訴人は、控訴人らを共同発明者とし、被控訴人を出願人として本件各出願(本件基礎出願1〜3を含む)を行った。出願時、控訴人らは代理人弁理士に対し明細書等の補正を求めたものの、出願人欄が被控訴人となっている点につき異議・指摘をしなかった。
  • 契約の交渉:対価や新株予約権等の割り当てに関する契約書案(本件契約書案)の協議がなされていたが、控訴人らと被控訴人との間で正式な署名・押印のある契約書は締結されなかった。
  • 控訴人らの追加主張(解除の意思表示):控訴人らは当審において、本件譲渡は「被控訴人において研究開発環境を設定・維持すること」等を前提条件とし、将来の売上に応じた対価契約を締結する合意の下で行われた負担付きのものであると主張。被控訴人が事業を全面的に廃止し債務を履行しなかったとして、民法542条1項5号に基づき、控訴理由書をもって無催告にて本件譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。

2. 判決の主文

1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 特許を受ける権利の譲渡合意の成否およびその内容・前提条件(無償譲渡か、対価合意・研究開発環境設定維持等を確約する条件付き譲渡か)
  • 争点2: 債務不履行(民法542条1項5号)に基づく譲渡契約解除の成否(被控訴人の履行すべき債務の内容の特定性および履行不能・不履行の有無)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、控訴人らの請求を棄却した原判決を妥当とし、控訴人らの控訴をいずれも棄却した。

(1) 譲渡合意の成立と主張された合意内容の不認容

控訴人らは、出願手続において被控訴人が出願人として記載されていることに異議を述べなかったことから、出願時までに特許を受ける権利の譲渡合意が成立していたと認められる。

控訴人らは「研究開発環境の設定維持を必須条件とし、将来的に売上の5%等を支払う確定的契約の締結を合意した」旨主張し、事業計画書や対外向け資料、契約書案等を根拠として提出した。しかし、以下の理由から、控訴人らの主張する合意内容(特約・条件)を認めることはできない。

  • 控訴人X2は当時唯一の取締役であり、また第三者(E)から正式な契約成立を勧告されていたにもかかわらず、結局正式な契約書は締結されなかった。
  • 量子ドット技術の実用化には長期の研究開発と多額の資金を要し、設立時点で資金調達の目処は立っておらず、事業化の成否・時期は性質上不確定であった。
  • 控訴人らの主張によっても、譲渡の前提となる条件や、被控訴人がどのような設備・資金・人員等をどの時点で確保維持すべきかという「履行すべき債務の内容」が極めて抽象的であり、具体的に特定されていない。

(2) 負担の内容の特定性と債務不履行解除の否定

仮に本件譲渡が「量子ドット技術の事業化を図る」という負担付きのものであったと解する余地があるとしても、その負担(債務)の内容は依然として不明確・不特定といわざるを得ない。控訴人らの主張する負担は、単に事業が継続することへの期待にすぎない。

さらに、被控訴人は実際に出願・出願審査請求を行い、新役員らによる資金調達交渉等の働きかけが行われ、買収(支配株主の変更)後も会社が存続して技術活用の事業継続が予定されている。したがって、被控訴人が事業を全面的に廃止し、債務を履行しなかった(履行不能に陥った)と認めることはできない。

以上より、民法542条1項5号に基づく解除は認められず、控訴人らが特許を受ける権利の共有持分を有することの確認請求は理由がない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

1. スタートアップ・創業者間における「特許を受ける権利の譲渡」の認定基準
創業者や共同発明者が会社設立期に発明を出願する際、出願人欄を会社名義とすることに異議を唱えず手続を進めた場合、裁判所は「特許を受ける権利の会社への譲渡合意」が成立したと事実上推認する。出願後に人間関係の悪化や解任等が生じても、これを覆すことはきわめて困難である。

2. 負担付譲渡における「負担(債務)」の特定性と解除の要件
譲渡契約の「負担不履行」や「債務不履行解除(民法542条等)」を主張するためには、譲受人が負うべき具体的な債務内容(どのような体制・資金・設備を・いつまでに確保・維持すべきか)が客観的に特定されている必要がある。「事業化に尽力する」「研究環境を維持する」といった抽象的な期待や了解程度では、法的効力のある債務(負担)とは認められず、これを理由とした契約解除は認められない。

3. 企業法務・知財実務における予防法務上の留意点
大学発ベンチャーやスタートアップにおいて、発明者(研究者・創業者)から会社へ知的財産権を移転する際は、事後に「研究開発の継続が条件だった」「将来の還元約束があった」といった紛争が生じないよう、職務発明規程の整備や、権利譲渡対価・ライセンス還元・新株予約権付与等に関する確定的な契約書(IP譲渡契約・成功報酬契約等)を出願前に早期締結しておくことが不可欠である。

【知財高裁 / 2026年07月29日】令和7年(行ケ)第10077号 - 審決取消請求事件(電池の端子・集電構造に関する特許無効審判不成立審決の取消請求棄却事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許権者である被告(株式会社GSユアサ)の有する発明の名称を「電池」とする特許権(特許第5713127号。以下「本件特許」)に対し、原告(エリーパワー株式会社)が特許無効審判(無効2023-800072号)を請求したところ、特許庁が訂正を認めた上で審判請求を不成立(特許維持)とした審決(以下「本件審決」)の取消しを求めた審決取消訴訟である。

本件特許権は令和4年5月27日に存続期間満了により消滅している。また、被告が原告に対し提起していた別件の損害賠償請求訴訟においては、対象製品(蓄電システム13品目・電池パック1品目)について原告の特許権侵害及び無効理由の不成立を認め、被告の請求を一部認容する判決が確定している。 原告は、甲1発明に基づく新規性欠如(無効理由1)、甲1~甲3発明および周知技術に基づく進歩性欠如(無効理由2~4)、並びにサポート要件違反(無効理由6)等を理由に本件審決の取消しを主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点0(職権判断事項): 存続期間満了・別件訴訟確定後における訴えの利益の有無
  • 争点1(取消事由1): 甲1発明に基づく本件発明1及び5の新規性欠如(「端子接続部材」の解釈および相当性)
  • 争点2(取消事由2~4): 甲1~甲3発明および周知技術に基づく本件発明の進歩性欠如(周知技術適用の動機付けおよび課題共通性)
  • 争点3(取消事由5): サポート要件違反の有無(特許法36条6項1号)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 訴えの利益について(肯定)

特許権の存続期間満了後であっても、特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り、特許無効審判請求及びその審決取消訴訟の利益は消滅しない。訴えの利益が消滅したというためには、「原告に対し、損害賠償等の請求や刑事罰が科される可能性が全くなくなったと認められる特段の事情」が必要である(大知財高判平成30年4月13日参照)。
本件では、別件訴訟で認容判決が確定しているものの、対象製品以外の製品について存続期間中に原告が製造販売していた可能性を否定できないため、特段の事情は認められず、訴えの利益を認めた。

(2) 取消事由1(甲1発明に基づく新規性欠如)について(理由なし)

本件発明1の特許請求の範囲の文言上、「端子接続部材」は外部接続端子と集電接続板との「間に配置」され、双方に接続される構造を意味する。
これに対し、甲1発明における「ナット」は、円柱状端子部材(外部接続端子)を天板に固定するための部材であり、円柱状端子部材とL字板状のアングル部材(集電接続板)との間に配置されたものではない。したがって、甲1のナットは本件発明1の「端子接続部材」に当たらないとした審決の相違点認定に誤りはない。

(3) 取消事由2~4(進歩性欠如)について(理由なし)

原告は、鉛蓄電池における「貫通した極柱に導電部材を接続し外部ボルトを設ける構造」(本件構造)が周知技術であり、これが「外部端子への回転トルクによる内部破損防止」という課題(本件課題)の解決手段であるから、リチウムイオン電池等(甲1~甲3発明)に適用することは容易であると主張した。
裁判所は、鉛蓄電池において本件構造自体は周知であったと認めつつも、①本件構造が「本件課題の解決手段」として採用されていたと認めるに足りる証拠がないこと、②本件課題が二次電池全般に共通する課題であると認めるに足りないことから、当業者が甲1~甲3発明に本件構造を適用する動機付けを否定し、進歩性欠如の主張を退けた。

(4) 取消事由5(サポート要件違反)について(理由なし)

サポート要件適合性は、特許請求の範囲に記載された発明が、明細書に記載された発明で当業者が課題を解決できると認識できる範囲(あるいは技術常識に照らし認識できる範囲)であるか否かにより判断される。
本件明細書には従来の非水電解質二次電池における作製困難性・溶着不良・作業性悪化(問題①~③)が記載されており、本件発明の課題は「作製を容易にすることができる電池の提供」と認められる。明細書中に構成と各問題との対応関係が明示的に記載されていなくとも、本件発明の具体的構成(本体部を中央方向に水平延伸、接続板部を突設して未塗工部外側面と接合等)と対比すれば、当業者は上記課題を解決できると実質的に認識し得るため、サポート要件を満たすと判断した。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 存続期間満了・侵害者敗訴確定後の訴えの利益
    別件の侵訴(損害賠償訴訟)で一部敗訴判決が確定し既判力が生じている場合であっても、「既判力の及ばない別製品についての権利行使の可能性」が理論上残存する限り、特許無効審判不成立審決に対する訴えの利益が否定されないことを実務上再確認した判例である。
  • 周知技術の適用による進歩性否定の主張・立証構造
    「ある構造(手段)が周知であること」のみをもって他分野・他発明への適用容易性を立証することは不十分であり、「その周知構造が特定の課題解決手段として周知であったこと」および「引用発明と周知技術との間で課題が共通していること(適用への動機付け)」まで厳格に立証・認定する必要がある点を示した。
  • サポート要件(課題解決可能性)の実質的解釈手法
    明細書内に「各発明特定事項がどの課題(問題点)をどのように解決するか」という明示的な文脈対比が記述されていない場合であっても、特許請求の範囲の具体的構成と明細書の課題を対比し、当業者が技術常識を踏まえて課題解決を理解できるかという観点から、柔軟・実質的にサポート要件適合性を認可している。

【知財高裁 / 2026年07月15日】令和7年(ネ)第10084号 - 画像表示方法および画像表示用プログラム特許に基づく不当利得返還請求控訴事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「画像表示方法および画像表示用プログラム」とする特許権(特許第5475856号。以下「本件特許権」)の元特許権者である控訴人株式会社サピエンス及び現特許権者である控訴人プラグインフリー・パテント・ホールディング株式会社が、被控訴人(LINEヤフー株式会社)の配信するHTML/JavaScriptのソースプログラムおよび地図画像データ等(被告地図プログラム)、並びにWebブラウザに地図を表示させる方法(被告地図表示方法)が本件特許の技術的範囲(本件発明1、2及び4)に属し、その配信が直接侵害又は間接侵害(特許法101条4号)を構成すると主張して、不当利得返還請求(一部請求)を求めた事案の控訴審である。

原審(東京地裁)が、被告地図表示方法は本件発明の構成要件を充足しないとして控訴人らの請求を棄却したため、控訴人らがこれを不服として控訴した。

2. 判決の主文

1. 本件控訴を棄却する。
2. 控訴費用は控訴人らの負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 被告地図表示方法の本件発明1及び2の構成要件充足性(「各枠要素の原点の座標をそれぞれ演算」の解釈及び充足性)
  • 争点2: 被告地図プログラムの本件発明4の構成要件4Aの充足性
  • 争点3: 被告地図プログラムの配信による本件特許権の間接侵害の成否(特許法101条4号)
  • 争点4: 原審における弁論再開拒否等の手続的違法(審理不尽・裁量権逸脱)の有無

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所は、控訴人らの請求をいずれも理由がないとして控訴を棄却した。判断の具体的内容は以下のとおりである。

(1) 被告地図表示方法の本件発明1及び2の構成要件充足性(争点1)

本件発明1及び2の構成要件(1C, 1E, 1F, 2C, 2E, 2F)の「各枠要素の原点の(移動すべき)座標を(それぞれ)演算」との規定は、文字どおり各枠要素の原点の座標自体を演算することを意味する。
これをWebブラウザ上の処理にあてはめると、分割画像の移動において、他の要素による座標系を変更する演算ではなく、img要素(枠要素)自体の座標である「left, top」の値を演算することを意味すると解される。この解釈はクレーム文言に従ったものであり、特許法70条に反するものでも、最高裁判決(リパーゼ事件)が禁じる文言外限定を行うものでもない。

被告地図表示方法においては、ユーザが画面をスクロールした際、親要素であるdiv要素の「left, top」の値は変更されるものの、子要素であるimg要素はdiv要素と一体的に移動するため、img要素自体の「left, top」の値は一切変更されない。したがって、Webブラウザにより各枠要素の原点の座標が「それぞれ」演算・決定されていると認めることはできない。

(2) 本件発明4の構成要件4Aの充足性及び間接侵害の成否(争点2・3)

本件発明4の構成要件4Aは、本件発明1〜3のいずれかに記載の画像表示方法を実行させるプログラムであることを要件とするところ、被告地図表示方法は本件発明1及び2の技術的範囲に属しない。したがって、被告地図プログラムも本件発明4の構成要件4Aを充足しない。
同様に、対象方法が特許権の技術的範囲に属しない以上、被告地図プログラムの配信が「専らその方法の使用に用いる物」(特許法101条4号)の譲渡等に該当することもなく、間接侵害も成立しない。

(3) 原審の手続的違法について(争点4)

原審における審理経過に照らし手続的瑕疵は認められない。また、控訴人らが原審で取り調べられなかったと主張する新証拠についても、当審(知財高裁)において全て取り調べた上で判決の基礎としているため、審理不尽等の不服理由は採用できない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 文言主義に基づく厳密なクレーム解釈の徹底
    「~の座標をそれぞれ演算する」というクレーム表現に対し、DOM構造上の親要素(divタグ)の座標系を変更することで子要素(imgタグ)を一体移動させる技術構造は、クレーム文言通りの「各枠要素(子要素)自体の座標演算」を行っていないとして充足性が否定された。ソフトウェア・Web関連特許におけるデータ構造・処理対象の厳密な文言解釈の実務を示す例である。
  • 「文言外限定」主張に対する裁判所のスタンス
    特許権者側は「直接演算」という概念を持ち出すことがリパーゼ最高裁判決違反(文言外限定)であると主張したが、裁判所はクレーム文言通りの当然の解釈の範囲内であると判示し、クレーム文言の自然な解釈と文言外限定の切り分けを明確に示した。
  • 原審における新証拠採用拒否と控訴審での救済(手続面)
    原審における弁論再開拒否等の手続的違法性主張に対し、控訴審で当該証拠を取り調べて判断の基礎とすることで、原審の手続的瑕疵の有無にかかわらず審理不尽の論点を解消するという控訴審実務の標準的アプローチが採られている。

【東京地方裁判所 / 2026年07月14日】令和7年(ワ)第70116号 - トルクセンサ事件(特許権侵害差止等請求事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「トルクセンサ」とする特許権(特許第5710036号。以下「本件特許権」)を有する原告(株式会社ロボテック)が、被告(ミネベアミツミ株式会社)の製造・販売等する「低容量軸トルクメータ TMRS シリーズ」(以下「被告製品」)は本件特許の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害していると主張して、特許法100条1項に基づく被告製品の生産・譲渡・輸出等の差止め、および同条2項に基づく被告製品の廃棄を求めた事案である。
なお、本件特許は拒絶査定不服審判等を経て設定登録された後、訂正審判により「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」等の限定(以下「本件訂正」)がなされ、確定している。また、訴訟途中で独占的通常実施権者(ユニパルス株式会社)による不法行為に基づく損害賠償請求は放棄された。

2. 判決の主文

1. 被告は、別紙被告物件目録記載の製品(被告製品)を生産し、譲渡し、輸出し、譲渡のための展示その他の譲渡の申出をしてはならない。
2. 被告は、前項記載の製品を廃棄せよ。
3. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点(1) 被告製品の本件各発明の技術的範囲への属否
    • ア 「中空円盤形状」(構成要件1B、2B)の充足性(立体構造・切り欠きを有する基板の充足性)
    • イ 「電源回路」(構成要件1D、2D)の充足性(別系統の給電回路構成における充足性)
  • 争点(2) 本件発明1の無効理由の有無
    • ア 拡大先願(特許法29条の2・乙4発明)
    • イ 新規性欠如(特許法29条1項3号・乙5発明)
    • ウ 進歩性欠如(特許法29条2項・乙5発明)
  • 争点(3) 本件発明2の無効理由の有無
    • 進歩性欠如(特許法29条2項・乙5発明および乙6発明/周知技術)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 被告製品の本件各発明の技術的範囲への属否について(認容)

  • 「中空円盤形状」(構成要件1B、2B)の充足性:
    被告製品のロータ基板は、2枚の壁材(センサ側壁材・コイル側壁材)と8本の柱材が一体化した立体構造であり、外形にわずかな直線部(切り欠き)を有する。しかし、特許請求の範囲の「軸側基板」には「1枚の基板」との限定はなく、厚みに関する制限も存しない(明細書の実施例・図面に限定して解釈すべきではない)。また、直線部による切り欠きはごくわずかであり、なお「円盤形状」と評価できる。
    さらに、構成要件は形状それ自体を要件としており、作用効果の奏する否かは文言充足性の判断を左右しない(なお被告製品も毎分2万5000回転が可能であり偏心等の主張は根拠を欠く)。したがって、被告製品は「中空円盤形状」を充足する。
  • 「電源回路」(構成要件1D、2D)の充足性:
    本件特許の「電源回路」とは、外部から給電を受けて出力回路に供給するとともに回転トランスに給電する機能を有していれば足り、直流・交流等の変換機能に応じて回路を細分化し別個の電源回路と解する合理的理由はない。
    被告製品は、コネクタから電力の供給を受けて出力回路および回転トランスに供給する一体の構成を有しているため、「電源回路」に該当し、本構成要件を充足する。

2. 本件発明1の無効理由について(いずれも不成立)

  • 拡大先願(乙4発明):
    乙4文献に開示されているのは「電圧を周波数に変換(V/F変換)すること」のみであり、アナログ信号をデジタル信号に変換する機能についての記載も示唆もない。本件訂正により「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」と特定された本件発明1と乙4発明とは相違するため、同一発明とはいえず無効事由とはならない。
  • 新規性欠如(乙5発明):
    乙5文献のプリント回路基板14aには、本件発明1の「検出回路」(電子モジュール11)を実装することは記載も示唆もない。また、外部から供給された電力を出力回路に供給する「電源回路」や「検出信号を受信して外部に出力する出力回路」も開示されていない。したがって、新規性を有する。
  • 進歩性欠如(乙5発明):
    乙5文献には、検出回路の構成要素(電子モジュール)をスリーブから突出したプリント回路基板に設けることの示唆がなく、回転時の振動・ひずみの発生といった技術的阻害要因も存在する。当業者が容易に想到し得たとは認められず、進歩性を有する。

3. 本件発明2の無効理由について(不成立)

本件発明2についても、構成要件2B(軸側基板に検出回路が設けられている構成)において乙5発明と相違し、上記同様に当業者が容易に想到し得たとは認められないため、進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 構成要件の解釈と文言充足性(実施例による限定解釈の排除)
    クレーム上の文言(「中空円盤形状」)に対し、被告側は「1枚の平坦な真円基板」であることを前提に非充足を主張したが、裁判所は明細書の「実施例(図1等)」にクレーム解釈が制約されない原則を改めて厳格に適用した。立体構造(2枚の板を柱で連結)や外形の一部カット(直線部)が存在しても、全体として「中空円盤形状」の概念に含まれると判断した点は、機械・電子部品系特許の権利行使実務において参考となる。
  • 作用効果と構成要件充足性の切り分け
    「対象製品が特許発明の作用効果を奏していないため非充足である」という被告の主張に対し、裁判所は「構成要件が形状それ自体を要件としている以上、作用効果の有無は文言充足性の判断を左右しない」と明確に切り分けた。物同一性の判断における実務的ロジックとして重要である。
  • 機能的概念(「電源回路」)の広範な認定
    回路ブロック上、出力回路用と回転トランス用で電圧調整回路が分離・系統化されている構造であっても、外部からの単一給電口から双方へ給電する機能を一体として捉え、「電源回路」の充足を認めた。回路のブロック分割の工夫による権利回避(迂回実施)を許さない判断として実務上留意される。
  • 審判段階での訂正(ネガティブ・リミテーション)による無効回避の成功例
    出願人・特許権者が訂正審判において「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」という除外規定(ネガティブ・リミテーション)を設けたことで、V/F変換を開示する先願技術(乙4)からの差別化に成功し、法29条の2の無効主張を排斥できた戦略的事例である。

【東京地方裁判所 / 2026年07月03日】令和6年(ワ)第70400号 - 特許権侵害に基づく損害賠償請求事件(進歩性欠如による無効の抗弁認容・請求棄却判決)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「情報処理端末、情報処理装置、情報処理方法、情報処理プログラム」とする特許第7525968号の特許権者である原告(ビーサイズ株式会社)が、被告(株式会社MIXI)の提供する子供用見守りサービス「みてねみまもりGPS」(以下「被告サービス」)に使用されるGPS端末(被告製品「みてねみまもりGPSトーク」)、被告サーバ及び被告プログラム(以下「被告製品等」)が、本件特許の訂正後の請求項2、12及び18(以下「本件各訂正発明」)の技術的範囲に属し、被告による製造・販売・使用等の行為が本件特許権を侵害すると主張して、民法709条に基づき損害賠償金1億円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 被告製品等の技術的範囲属否(構成要件充足性)
    • 争点1-1: 「前記複数の選択肢のうちの1つは、着信音を鳴らさないことである」(構成要件1E、10D、17E)の充足性
    • 争点1-2: 「前記被見守り者用端末が携帯電話であるものを除く」(構成要件2E、12D、18C)の充足性
    • 争点1-3: 「設定指示と、を前記被見守り者用端末に送信する送信部と、」(構成要件17D)の充足性
  • 争点2: 本件特許の無効の抗弁の成否(特許法104条の3第1項)
    • 特に争点2-4: 乙2発明(ドリームエリア社「みもりMR-02A」に係る公然実施発明)を主引例とする進歩性欠如(特許法29条2項)の成否
  • 争点3: 訂正要件違反の有無(特許法126条1項ただし書・5項)
  • 争点4: 明確性要件違反の有無(特許法36条6項2号)
  • 争点5: 損害の発生及びその額

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 争点1(充足性判断)について

裁判所は、以下の理由から、被告製品等は本件各訂正発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属すると判断した。

  • 争点1-1(着信音を鳴らさない選択肢): 構成要件の「選択肢」とは見守り者用端末のユーザが選択可能な被見守り者用端末の報知パターンの選択肢を意味する。被告サービスは「通知音オフ」「チャイム通知音」「音声をそのまま通知」を選択でき、「通知音オフ」選択時もLED点灯により受診を報知するため、「着信音を鳴らさない」報知パターンの選択肢を有しており、構成要件を充足する。
  • 争点1-2(携帯電話の除外): 「携帯電話」とは同時的な音声でのやり取り(リアルタイム通話)をする装置を指す。被告製品はボイスメッセージの送受信のみで同時通話ができず、被告自身のウェブサイトでもキッズケータイと区別して宣伝されていることから「携帯電話」には該当しない。したがって、除外規定を充足する(=携帯電話以外の端末に該当する)。
  • 争点1-3(送信部の充足性): 構成要件17Dにおける「送信する」態様は、サーバを経由する態様と直に送信する態様の両方を含むと解される。被告プログラムはサーバ経由で被告製品に送信しているため、構成要件を充足する。

2. 争点2-4(乙2発明に基づく進歩性欠如の抗弁)について

裁判所は、被告製品等が技術的範囲に属するものの、本件特許は乙2発明(先行サービス「みもりMR-02A」)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、進歩性を欠いて無効とされるべき(特許法123条1項2号、29条2項)であるから、特許権の行使が許されない(特許法104条の3第1項)と判断した。

  • 一致点と相違点: 乙2発明は、被見守り者用端末の位置情報送信、音声データ受信、報知パターン選択(着信音非鳴動を含む)、再生完了の通知機能等を有する。本件各訂正発明との相違点は、被見守り者用端末に「マイクおよび送信部」を備えて被見守り者側からの第2音声データを送信する構成(双方向化)を有するか否かである。
  • 相違点の容易想到性判断:
    • 本件特許の原出願前、他の見守りサービス(乙10「otta.g」、乙11「amue link」)において、子供用端末にマイクを備えて録音・送信する技術が公然実施されており、被見守り者用端末にマイク及び送信部を設ける構成は周知技術であった。
    • 乙2発明と上記周知技術は同じ見守りサービスの技術分野であり、音声送受信の双方向化はサービスの利便性を高めるものであるため、適用する動機付けが存在する。
    • 原告は「マイク追加による消費電力の増加が阻害要因になる」と主張したが、同じ分野で既に実装例が存在し、後の同種製品でも採用されていることから、技術的阻害要因とは認められない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 先行公然実施サービス(乙号証)による進歩性否定の実務: 本判決は、特許出願前に市場で提供されていた競合他社の見守りサービス・端末(「みもり」「amue link」「otta.g」等)の製品仕様・取扱説明書等を証拠として、公然実施発明および周知技術を精緻に認定し、組み合わせによる進歩性欠如を認めた実務上典型的な事案である。
  • 除くクレーム(携帯電話の除外)の充足性解釈: 被告製品が「携帯電話を除く」というネガティブ・リミテーション(除くクレーム)を充足するか否かにつき、技術的機能(同時通話の可否)および市場での位置付け(被告自身のマーケティング表示)を考慮して「携帯電話ではない」と認定し、非充足の防訴主張を退けた。
  • IoT/見守り端末における機能追加と動機付け・阻害要因: 単方向の通信端末から双方向通信端末への機能拡張について、「ユーザーの利便性向上」を肯定的動機付けとし、端末のバッテリー消費等の実務的課題は(同業他社で先行実装がある以上)進歩性を肯定する阻害要因とはならないというロジックを示している。

【知財高裁 / 2026年9月9日】令和7年(行ケ)第10088号 - 審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容) 本件は、発明の名称を「正圧ガスを使用する外科吸引装置」とする特許出願(特願2018-545340号)の出願人である原告(コンメッド コーポレイション)が、特許庁による拒絶査定不服審判請求不成立審決(不服2023-15352号)の取消しを...