1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
原告(Future Technology株式会社)は、発明の名称を「被加熱芳香カートリッジ」とする特許権(特許第7583386号。以下「本件特許権」、請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本件発明1」「本件発明2」という)を有する特許権者である。
被告(双日株式会社)は、被告補助参加人(フィリップ・モリス・ジャパン合同会社)との間の独占的販売契約に基づき、加熱式タバコ機器(「IQOS ILUMA」)専用の加熱式タバコスティック(「テリア」シリーズ及び「センティア」シリーズ。以下「対象製品」)を日本国内に輸入・販売等している。
原告は、対象製品が本件各発明の技術的範囲に属し、被告による輸入・販売等の行為が本件特許権を侵害すると主張して、被告に対し、不法行為(民法709条、損害額につき特許法102条2項又は3項)に基づき、損害賠償の一部請求として1,000万円及び遅延損害金の支払を求めた。
2. 判決の主文
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
3. 主な争点
- 争点1: 対象製品の本件各発明の技術的範囲への属否(構成要件充足性)
- 「支持部材」(構成要件1A, 1B, 1D)の意義及び充足性(単一の部材に限られるか、複数部材の組み合わせを含むか)
- 「支持部」(構成要件1B)の充足性(誘導加熱方式における移動防止機能の有無)
- 「流路」(構成要件1B, 1C, 1D)の意義及び「形状が相似な円形状」(構成要件1C)の充足性
- 「空孔率」に関する構成(構成要件1D, 2A)の充足性
- 争点2: 無効理由の有無(特許性)
- 丙30発明(欧州特許出願公開第3494809号公報記載の発明)等を主引用例とする新規性欠如(特許法29条1項3号)
- 本件発明2の進歩性欠如(特許法29条2項)
- 分割要件違反(特許法36条6項1号等)による最先出願日遡及の不成立及び公然実施・刊行物公知
- サポート要件違反(特許法36条6項1号)
- 争点3: 公知技術の抗弁
- 争点4: 原告の損害発生の有無及び額
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
当裁判所は、充足性等の他争点に先立ち、争点2-5(丙30発明を主引用例とする新規性欠如)について審理・判断を行い、以下のロジックに基づき本件各発明の新規性を否定した。
(1) 丙30発明の認定
欧州特許出願公開第3494809号公報(丙30文献、公開日:2019年6月12日=本件特許の原出願日前の公知刊行物)の記載及び図面(特に実施例2・図2)に基づき、丙30発明には以下の構成が開示されていると認定した。
- タバコロッド(20)を上流側に、下流側に中空部(300)、冷却部(200)及びフィルタロッド(100)を長手方向に順に配設した非燃焼式シガレットであること。
- 中空部(300)の壁部(肉厚周壁部分)及び冷却部(200)の壁部が、タバコロッド加熱挿入時の押圧力に耐え、タバコロッドの移動を防止する機能(支持部)を有すること。
- 流入口(中空部側開口)及び流出口(冷却部側開口)の長手方向に垂直な断面が相似な円形状であり、流入口の径が流出口の径よりも小さいこと。
- 丙30文献に記載された具体的な寸法範囲(中空部・冷却部の外径5~8mm、中空部空洞径2~7mm、冷却部貫通孔径4~7.8mm)から、本件明細書の定義に従い空孔率を算出すると、流入口の空孔率は6.25%以上100%未満、流出口の空孔率は25%以上100%未満となり、両者の差は0%以上93.75%未満となること。
(2) 本件各発明と丙30発明の対比及び原告の反論排斥
- 相違点5-1(支持部の有無)の不認容:原告は「丙30発明の中空部と冷却部を合わせたものが移動防止機能を果たすか不明」と主張したが、加熱手段への挿入時の耐性構造や壁部肉厚の設定から、タバコロッドの移動を防止する「支持部」の構成を備えていると認められ、相違点は存在しない。
- 相違点5-2(流路断面形状の相似性)の不認容:原告は断面形状の相似性を争ったが、丙30文献には円筒状かつ円形の貫通孔・空洞部が開示されており、径の異なる相似な円形状が含まれるため、相違点は存在しない。
- 相違点5-3(空孔率の差)の不認容:原告は「丙30文献には空孔率という指標が存在しない」と主張したが、丙30文献に開示された寸法範囲から算出される空孔率の差(0%以上93.75%未満)は、本件発明2の構成要件2Aが特定する空孔率の差の数値範囲(19~69%ポイント)を完全に包含しているため、実質的な相違点は存在しない。
(3) 結論
本件各発明は、その特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明(丙30発明)と同一であり、新規性を欠く(特許法29条1項3号)。
したがって、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから、特許法104条の3第1項に基づき、原告は被告に対して本件特許権を行使することができない。その他の争点(構成要件充足性や損害額等)について論ずるまでもなく、原告の請求は理由がないため棄却された。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- パラメータ・数値限定発明における公知技術の認定(包含関係による新規性否定):
本件では「空孔率」及び「流入口と流出口の空孔率の差(19~69%ポイント)」という技術パラメーター・数値限定が請求項に含まれていた。しかし裁判所は、引用文献(丙30)側に「空孔率」という用語やパラメータ自体の明示的記載がなくても、引用文献に示された部材の具体的寸法(外径・内径等)から理論的に算出される数値範囲が特許の数値限定範囲を包含している場合、新規性が否定されると判断した。パラメータの導入や差分数値の権利化による特許性主張に対する実務上の限界を示している。 - 複数部材の組み合わせ解釈と無効論の「挟み撃ち」構造:
原告は侵害論(充足性)において、対象製品のエアーフローチャンバー(部材C)と冷却プラグ(部材D)という2つの別部材の一体物を本件の「支持部材」に当たると主張していた。これに対し無効論において、裁判所は引用文献の2部材(中空部300と冷却部200)を一体として捉え、「支持部」や「流路」の構成を認定した。侵害主張のためにクレーム構成要素を広範・柔軟に解釈(複数部材の一体化)したことが、結果的に公知技術の包含範囲を広げ、新規性欠如(無効の抗弁)を誘発する結果となった(実務上の「挟み撃ち」の典型例)。 - 審理効率と判決構成:
本件は充足性、分割要件違反、サポート要件違反、進歩性欠如、損害額等、多数の複雑な争点が平行して争われたが、裁判所は最も明確に新規性を欠く公知文献(丙30)を抽出し、特許法104条の3第1項を適用して速やかに請求棄却の結論を導いている。訴訟実務における迅速な審理判断の例として参考になる。
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