【知財高裁 / 2026年5月13日】令和7年(行ケ)第10075号 - 審決取消請求事件(製造流出物の分析結果から特定成分・数値限定を抽出した組成物クレームに関する分割適法性・新規性およびサポート要件判断)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、原告(ザ ケマーズ カンパニー エフシー リミテッド ライアビリティ カンパニー)が、発明の名称を「2,3-ジクロロ-1,1,1-トリフルオロプロパン、2-クロロ-1,1,1-トリフルオロプロペン、2-クロロ-1,1,1,2-テトラフルオロプロパンまたは2,3,3,3-テトラフルオロプロペンを含む組成物」とする特許出願(特願2021-116989号。以下「本願」という。)について、特許庁がした拒絶査定不服審判の不成立審決(不服2023-16883号。以下「本件審決」という。)の取消しを求めた審決取消訴訟である。

【事実経過の要約】

  • 原出願・分割の経緯: 本願は、平成21年(2009年)5月7日に国際出願された特願2011-508656号(原出願。優先日:平成20年5月7日・米国)から数次の分割を経て、令和3年(2021年)7月15日になされた多重分割出願である。
  • 本願発明1(請求項1)の構成:
    「77.0モルパーセント以上のHFO-1234yfと、0.2モルパーセント以下のHFC-143aと、HFC-23、HFO-1141、HFC-245cb、HFC-254eb、HCFC-244bb及びHCFO-1233xfからなる群から選択される少なくとも1つの追加の化合物と、を含有する組成物。」
  • 本件審決の理由: 原出願の出願当初の明細書等(原出願明細書等)に本願発明1の組成物は開示されておらず、分割出願の適法性要件(特許法44条1項)を満たさない(出願日遡及効が認められない)。その結果、原出願の公表特許公報(引用文献1)が先行技術となり、本願発明1は新規性を欠く(特許法29条1項3号)。また、サポート要件(特許法36条6項1号)にも適合しない。
  • 原告の請求: 本件審決の取消し。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1: 分割出願の適法性(特許法44条1項)及び新規性欠如(特許法29条1項3号)に係る判断の当否(取消事由1)
    (原出願明細書等に記載された製造実施例の分析データから、特定の化合物選択およびモル%限定を抽出して「物の発明」として特定した本願発明1が、原出願明細書等に記載された事項の範囲内といえるか)
  • 争点2: サポート要件適合性(特許法36条6項1号)に係る判断の当否(取消事由2)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

知的財産高等裁判所(第2部)は、以下の論理により原告の請求を棄却し、本件審決の判断を維持した。

(1) 争点1(分割出願の適法性及び新規性)について

  • 規範(法的判断基準):
    分割出願が適法と認められ出願日の遡及効果(特許法44条2項本文)を得るためには、分割出願の明細書等に記載された事項が、原出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面(原出願明細書等)に記載された事項の範囲内であることを要する。原出願明細書等に記載された事項とは、当業者によって原出願明細書等から直接的かつ明確に導き出せる技術的事項を意味する。
  • 本件事実に対する当てはめ:
    • 原出願明細書等には、HFO-1234yf等の調製時に特定の追加化合物が少量存在し得ること、及び反応流出物の分析結果(実施例15等のプロファイルデータ)は記載されているものの、「77.0モル%以上のHFO-1234yf」と「0.2モル%以下のHFC-143a」と特定の追加化合物を組み合わせた組成物自体の明示的記載はない。
    • また、「HFC-143a」のみを他の追加化合物と区別して0.2モル%以下とすることの技術的意義や、当該特定の組成・数値限定による作用効果に関する記載ないし示唆も存在しない。
    • 実施例15に記載の分析データ(特定の温度条件における流出物のGCMS測定結果)は、単に当該条件下で生成した各種成分の割合を示したにすぎず、そこから特定の化合物を任意に選択・抽出した多様な組成態様や、85.0モル%を超えるHFO-1234yfを含有する組成物が原出願明細書等に開示されていたと解することはできない。
    • したがって、原出願明細書等の記載から本願発明1の組成物を特定することは、「新たな技術的事項を導入するもの(新規事項の追加)」であり、本願は適法な分割出願とは認められない。
  • 新規性についての結論:
    本願は分割の遡及効を有しないため、実質的な出願日は分割出願日以降となる。原出願の公開公報である引用文献1(平成23年7月14日公表)は本願前の公知文献であり、本願発明1は引用文献1に記載された引用発明1~3と同一であるから、特許法29条1項3号により新規性を欠く。

(2) 争点2(サポート要件適合性)について

  • 規範及び判断:
    サポート要件(特許法36条6項1号)の適合性は、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であり、当業者が課題を解決できると認識できる範囲か等を対比検討して判断する。
  • 本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、原出願明細書等と実質的に同一である。上述のとおり、原出願明細書等に本願発明1の組合せに係る組成物が技術的思想として記載されているとはいえない以上、本願明細書の発明の詳細な説明にも記載されていない。
  • したがって、当業者が本願明細書の記載や技術常識から当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず、サポート要件に適合しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 1. 製造プロセス分析データからの「物の発明(組成物クレーム)」抽出の限界
    化学・材料分野の特許実務において、出願時の明細書に記載した製造実施例の反応生成物分析結果(GCMS等のプロファイル数値)に基づき、後から特定の成分・数値範囲(パラメータ)を切り出して組成物クレームとして分割出願する手法が散見される。本判決は、単なる分析データの例示から特定の成分選択や数値限定を抽出してクレーム化する場合、「その選択や数値限定の技術的意義・作用効果が当初明細書等に開示・示唆されていない限り、新たな技術的事項の導入(新規事項追加)にあたる」として分割の適法性を明確に否定した。
  • 2. 多重分割出願における原出願公表公報による自滅リスク(自己衝突)
    原出願の開示範囲を超えた分割クレーム(不適法な分割)を作成した場合、出願日遡及効(特許法44条2項)が失われる。その結果、自らの「原出願の公表公報」が先行技術(特許法29条1項3号)となり、新規性・進歩性を否定されて拒絶・無効化されるという、実務上極めて重大なリスク(自己衝突)を再確認させる事例である。
  • 3. 明細書作成・分割戦略上の実務的留意点
    将来的に特定の副生成分や不純物範囲を限定した組成物クレーム(あるいは特定パラメータで規定した物クレーム)に分割・補正する可能性がある場合、当初出願の段階で単に実験データの数値表を載せるだけでなく、①特定の成分を抽出することの意義、②数値範囲(上限・下限)の技術的根拠・作用効果、③成分の選択肢(マルクーシュ形式等)とその技術的成立性を明細書中に明示的に記載しておくことが不可欠である。

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