【知財高裁 / 2026年05月19日】令和7年(行ケ)第10057号 - 永久磁石の樹脂封止方法に関する特許無効審判不成立審決に対する審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、特許第6180569号(発明の名称「永久磁石の樹脂封止方法」)の特許権者である被告(株式会社三井ハイテック)に対し、原告(トヨタ紡織株式会社)が特許無効審判を請求したところ、特許庁が「審判の請求は成り立たない」とする審決(本件審決)をしたため、その取り消しを求めた審決取消訴訟である。

【経過の概要】
本件特許は、平成17年1月24日の出願(最初の親出願)から数世代にわたり分割出願(第1〜第5世代、原出願)を経て、平成28年3月2日に出願された第7世代の分割出願に係るものである。特許無効審判(無効2020-800097号)において一度不成立審決がなされたが、知財高裁での取消判決(前件判決)を経て審理が再開された。被告は「搬送トレイの使用」「有底穴部のない下型」「上型及び下型同士が当接しない押圧」等を特定する本件訂正を請求。特許庁は本件訂正を認めた上で、分割要件を満たしており出願日は親出願時に遡及するから公知文献(甲1)による新規性・進歩性欠如はなく、その他の無効理由(サポート要件、補正要件、実施可能要件、明確性要件違反等)もないとして、審判請求不成立の審決をした。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 訂正要件違反の有無(取消事由1)(実質的な特許請求の範囲の拡張・変更および新規事項追加の有無)
  • 争点2: サポート要件違反の有無(取消事由2)(課題解決可能性および上位概念化の可否)
  • 争点3: 分割要件違反の有無および親出願日遡及の成否(取消事由3・4)(甲1に基づく新規性・進歩性判断の前提)
  • 争点4: 甲5等に基づく進歩性判断の誤りの有無(取消事由5)
  • 争点5: 補正における新規事項追加の有無(取消事由6)(「当接することなく」の限定補正の可否)
  • 争点6: 実施可能要件違反の有無(取消事由7)
  • 争点7: 明確性要件違反の有無(取消事由8)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、原告が主張する取消事由をすべて退け、本件審決の判断を維持した。

(1) 争点1:訂正要件違反の有無について

【規範・判断ロジック】
特許請求の範囲の減縮に該当するか否かは、請求項に記載された発明特定事項を限定するものであるか否かにより判断される。無効理由を回避するために課題解決手段を限定・特定する訂正は、実質的な特許請求の範囲の拡張・変更には該当しない。また、「収容」との用語は辞書的意義に照らし「物品を一定の場所に入れること」を意味し、物品が一定の範囲からはみ出ていないことまでを意味しない。
【当てはめ】
本件訂正(訂正事項2〜4)は、「搬送トレイ」や「有底穴部のない下型」等の要件を付加・限定するものであり、実質的減縮に当たる。また、出願当初の明細書等にも有底穴部のない下型等が開示されているため、新規事項の追加には当たらない。

(2) 争点2:サポート要件違反の有無について

【規範・判断ロジック】
特許請求の範囲の記載が明細書の発明の詳細な説明に記載された範囲内であるかは、当業者が明細書の記載および出願時の技術常識に基づき、課題を解決できると認識できる範囲内であるかによって判断する。
【当てはめ】
回転子積層鉄心を「有底穴部のない下型」に配置する構成により、従来の「有底穴部からの積層鉄心の取り出し作業性が悪い」という課題が解決されることは当業者にとって明らかである。特許請求の範囲に記載された事項は発明の詳細な説明の記載に基づくものであり、サポート要件を満たす(審決に判断遺漏があったとしても結論に影響しない)。

(3) 争点3:分割要件違反の有無および甲1に基づく新規性・進歩性について

【判断ロジック】
最初の親出願、第1〜第5世代、原出願の各出願当初明細書等には、本件訂正発明に係る各構成が開示されている。したがって、本件出願は分割要件を満たし、出願日は最初の親出願日(平成17年1月24日)に遡及する。その結果、平成18年6月21日に発行された甲1は出願前の頒布刊行物に該当せず、新規性・進歩性を否定する理由とならない。

(4) 争点5:補正における新規事項追加(「当接することなく」)の有無について

【規範・判断ロジック】
「当接」とは物同士が直接当たって接することをいう。当初明細書等の記載・図面から、直接接しない構成が導き出せる場合は新規事項の追加に該当しない。
【当てはめ】
当初明細書の図1(概念図)および図10(工程図)において、下型が上昇して積層鉄心を上型に押し付ける際に下型と上型とが当接していない状態が明示されている。また、仲介部材(キャビティブロックや搬送トレイ)を介して間接的に接しているとしても「上型と下型が当接している」とはいえないため、「上型及び下型同士が当接することなく」との限定補正は当初明細書等の範囲内である。

(5) 争点6・7:実施可能要件および明確性要件について

各発明特定事項(「当接することなく」「収容する」「上型」など)の意味合いは当業者において文脈および技術常識に基づき明確に理解可能であり、過度の試行錯誤を要することなく実施可能である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 概念図および工程図に基づく補正・訂正の許容性: 明細書中の図面が「概念図」であっても、他の工程図や明細書の記載と併せて総合的に照らし合わせることで、技術的事項(例:型同士が当接しないこと)が明確に読み取れるのであれば、新規事項追加とならない補正・訂正の根拠となり得ることを明確にした。
  • 専門用語(文言)の解釈と文脈依存性: 「当接」(直接の接触を意味し、別部材を介した間接接触は含まない)や「収容」(単に中に入れることを意味し、完全にはみ出さないことまでは要しない)といった文言について、一般的な辞書的意義と特許明細書全体の文脈に基づき厳格かつ合理的に解釈する実務を示した。
  • 無効理由回避のための減縮訂正と「拡張・変更」の境界: 無効理由(サポート要件違反等)を解消するために特許請求の範囲へ発明特定事項を追加・限定する訂正は、特許請求の範囲を減縮するものであり、第三者に不測の損害を与えない限り「実質的な拡張・変更」には該当しないという原則が再確認された。

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