【東京地方裁判所 / 2026年07月14日】令和7年(ワ)第70116号 - トルクセンサ事件(特許権侵害差止等請求事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「トルクセンサ」とする特許権(特許第5710036号。以下「本件特許権」)を有する原告(株式会社ロボテック)が、被告(ミネベアミツミ株式会社)の製造・販売等する「低容量軸トルクメータ TMRS シリーズ」(以下「被告製品」)は本件特許の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害していると主張して、特許法100条1項に基づく被告製品の生産・譲渡・輸出等の差止め、および同条2項に基づく被告製品の廃棄を求めた事案である。
なお、本件特許は拒絶査定不服審判等を経て設定登録された後、訂正審判により「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」等の限定(以下「本件訂正」)がなされ、確定している。また、訴訟途中で独占的通常実施権者(ユニパルス株式会社)による不法行為に基づく損害賠償請求は放棄された。

2. 判決の主文

1. 被告は、別紙被告物件目録記載の製品(被告製品)を生産し、譲渡し、輸出し、譲渡のための展示その他の譲渡の申出をしてはならない。
2. 被告は、前項記載の製品を廃棄せよ。
3. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点(1) 被告製品の本件各発明の技術的範囲への属否
    • ア 「中空円盤形状」(構成要件1B、2B)の充足性(立体構造・切り欠きを有する基板の充足性)
    • イ 「電源回路」(構成要件1D、2D)の充足性(別系統の給電回路構成における充足性)
  • 争点(2) 本件発明1の無効理由の有無
    • ア 拡大先願(特許法29条の2・乙4発明)
    • イ 新規性欠如(特許法29条1項3号・乙5発明)
    • ウ 進歩性欠如(特許法29条2項・乙5発明)
  • 争点(3) 本件発明2の無効理由の有無
    • 進歩性欠如(特許法29条2項・乙5発明および乙6発明/周知技術)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 被告製品の本件各発明の技術的範囲への属否について(認容)

  • 「中空円盤形状」(構成要件1B、2B)の充足性:
    被告製品のロータ基板は、2枚の壁材(センサ側壁材・コイル側壁材)と8本の柱材が一体化した立体構造であり、外形にわずかな直線部(切り欠き)を有する。しかし、特許請求の範囲の「軸側基板」には「1枚の基板」との限定はなく、厚みに関する制限も存しない(明細書の実施例・図面に限定して解釈すべきではない)。また、直線部による切り欠きはごくわずかであり、なお「円盤形状」と評価できる。
    さらに、構成要件は形状それ自体を要件としており、作用効果の奏する否かは文言充足性の判断を左右しない(なお被告製品も毎分2万5000回転が可能であり偏心等の主張は根拠を欠く)。したがって、被告製品は「中空円盤形状」を充足する。
  • 「電源回路」(構成要件1D、2D)の充足性:
    本件特許の「電源回路」とは、外部から給電を受けて出力回路に供給するとともに回転トランスに給電する機能を有していれば足り、直流・交流等の変換機能に応じて回路を細分化し別個の電源回路と解する合理的理由はない。
    被告製品は、コネクタから電力の供給を受けて出力回路および回転トランスに供給する一体の構成を有しているため、「電源回路」に該当し、本構成要件を充足する。

2. 本件発明1の無効理由について(いずれも不成立)

  • 拡大先願(乙4発明):
    乙4文献に開示されているのは「電圧を周波数に変換(V/F変換)すること」のみであり、アナログ信号をデジタル信号に変換する機能についての記載も示唆もない。本件訂正により「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」と特定された本件発明1と乙4発明とは相違するため、同一発明とはいえず無効事由とはならない。
  • 新規性欠如(乙5発明):
    乙5文献のプリント回路基板14aには、本件発明1の「検出回路」(電子モジュール11)を実装することは記載も示唆もない。また、外部から供給された電力を出力回路に供給する「電源回路」や「検出信号を受信して外部に出力する出力回路」も開示されていない。したがって、新規性を有する。
  • 進歩性欠如(乙5発明):
    乙5文献には、検出回路の構成要素(電子モジュール)をスリーブから突出したプリント回路基板に設けることの示唆がなく、回転時の振動・ひずみの発生といった技術的阻害要因も存在する。当業者が容易に想到し得たとは認められず、進歩性を有する。

3. 本件発明2の無効理由について(不成立)

本件発明2についても、構成要件2B(軸側基板に検出回路が設けられている構成)において乙5発明と相違し、上記同様に当業者が容易に想到し得たとは認められないため、進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 構成要件の解釈と文言充足性(実施例による限定解釈の排除)
    クレーム上の文言(「中空円盤形状」)に対し、被告側は「1枚の平坦な真円基板」であることを前提に非充足を主張したが、裁判所は明細書の「実施例(図1等)」にクレーム解釈が制約されない原則を改めて厳格に適用した。立体構造(2枚の板を柱で連結)や外形の一部カット(直線部)が存在しても、全体として「中空円盤形状」の概念に含まれると判断した点は、機械・電子部品系特許の権利行使実務において参考となる。
  • 作用効果と構成要件充足性の切り分け
    「対象製品が特許発明の作用効果を奏していないため非充足である」という被告の主張に対し、裁判所は「構成要件が形状それ自体を要件としている以上、作用効果の有無は文言充足性の判断を左右しない」と明確に切り分けた。物同一性の判断における実務的ロジックとして重要である。
  • 機能的概念(「電源回路」)の広範な認定
    回路ブロック上、出力回路用と回転トランス用で電圧調整回路が分離・系統化されている構造であっても、外部からの単一給電口から双方へ給電する機能を一体として捉え、「電源回路」の充足を認めた。回路のブロック分割の工夫による権利回避(迂回実施)を許さない判断として実務上留意される。
  • 審判段階での訂正(ネガティブ・リミテーション)による無効回避の成功例
    出願人・特許権者が訂正審判において「AD変換回路(V/F変換回路を除く)」という除外規定(ネガティブ・リミテーション)を設けたことで、V/F変換を開示する先願技術(乙4)からの差別化に成功し、法29条の2の無効主張を排斥できた戦略的事例である。

0 件のコメント:

コメントを投稿

【知財高裁 / 2026年07月30日】令和8年(ネ)第10035号 - ウナギ加工品売買代金支払請求控訴事件(特許権侵害および不完全履行に基づく相殺抗弁の成否)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容) 本件は、被控訴人(原告・中国法人)が、控訴人(被告・日本法人)に対し、両者間で締結されたウナギ加工品の売買契約(本件各売買契約)に基づき、未払売買代金合計71万3,249.92米ドルおよびこれに対する訴状送達日翌日(令和6年3月29日)か...