1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、本件各発明(量子ドット技術等に関する発明)の共同発明者である控訴人ら(X1、X2)が、本件各発明について特許出願(本件各出願)を行った被控訴人(zSustainergy株式会社、旧商号:株式会社QDジャパン)に対し、控訴人らが本件各発明に係る特許を受ける権利の共有持分(各2分の1)を有することの確認を求めた控訴事件である。
【事実経過の要約】
- 当事者関係:控訴人X2は被控訴人を設立して代表取締役に就任し、その後辞任・取締役解任された。控訴人X1は被控訴人の技術顧問(CTO)であった。被控訴人は量子ドット技術の研究開発・事業化を目的とする法人である。
- 出願の経過:被控訴人は、控訴人らを共同発明者とし、被控訴人を出願人として本件各出願(本件基礎出願1〜3を含む)を行った。出願時、控訴人らは代理人弁理士に対し明細書等の補正を求めたものの、出願人欄が被控訴人となっている点につき異議・指摘をしなかった。
- 契約の交渉:対価や新株予約権等の割り当てに関する契約書案(本件契約書案)の協議がなされていたが、控訴人らと被控訴人との間で正式な署名・押印のある契約書は締結されなかった。
- 控訴人らの追加主張(解除の意思表示):控訴人らは当審において、本件譲渡は「被控訴人において研究開発環境を設定・維持すること」等を前提条件とし、将来の売上に応じた対価契約を締結する合意の下で行われた負担付きのものであると主張。被控訴人が事業を全面的に廃止し債務を履行しなかったとして、民法542条1項5号に基づき、控訴理由書をもって無催告にて本件譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。
2. 判決の主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
3. 主な争点
- 争点1: 特許を受ける権利の譲渡合意の成否およびその内容・前提条件(無償譲渡か、対価合意・研究開発環境設定維持等を確約する条件付き譲渡か)
- 争点2: 債務不履行(民法542条1項5号)に基づく譲渡契約解除の成否(被控訴人の履行すべき債務の内容の特定性および履行不能・不履行の有無)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
知的財産高等裁判所は、控訴人らの請求を棄却した原判決を妥当とし、控訴人らの控訴をいずれも棄却した。
(1) 譲渡合意の成立と主張された合意内容の不認容
控訴人らは、出願手続において被控訴人が出願人として記載されていることに異議を述べなかったことから、出願時までに特許を受ける権利の譲渡合意が成立していたと認められる。
控訴人らは「研究開発環境の設定維持を必須条件とし、将来的に売上の5%等を支払う確定的契約の締結を合意した」旨主張し、事業計画書や対外向け資料、契約書案等を根拠として提出した。しかし、以下の理由から、控訴人らの主張する合意内容(特約・条件)を認めることはできない。
- 控訴人X2は当時唯一の取締役であり、また第三者(E)から正式な契約成立を勧告されていたにもかかわらず、結局正式な契約書は締結されなかった。
- 量子ドット技術の実用化には長期の研究開発と多額の資金を要し、設立時点で資金調達の目処は立っておらず、事業化の成否・時期は性質上不確定であった。
- 控訴人らの主張によっても、譲渡の前提となる条件や、被控訴人がどのような設備・資金・人員等をどの時点で確保維持すべきかという「履行すべき債務の内容」が極めて抽象的であり、具体的に特定されていない。
(2) 負担の内容の特定性と債務不履行解除の否定
仮に本件譲渡が「量子ドット技術の事業化を図る」という負担付きのものであったと解する余地があるとしても、その負担(債務)の内容は依然として不明確・不特定といわざるを得ない。控訴人らの主張する負担は、単に事業が継続することへの期待にすぎない。
さらに、被控訴人は実際に出願・出願審査請求を行い、新役員らによる資金調達交渉等の働きかけが行われ、買収(支配株主の変更)後も会社が存続して技術活用の事業継続が予定されている。したがって、被控訴人が事業を全面的に廃止し、債務を履行しなかった(履行不能に陥った)と認めることはできない。
以上より、民法542条1項5号に基づく解除は認められず、控訴人らが特許を受ける権利の共有持分を有することの確認請求は理由がない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. スタートアップ・創業者間における「特許を受ける権利の譲渡」の認定基準
創業者や共同発明者が会社設立期に発明を出願する際、出願人欄を会社名義とすることに異議を唱えず手続を進めた場合、裁判所は「特許を受ける権利の会社への譲渡合意」が成立したと事実上推認する。出願後に人間関係の悪化や解任等が生じても、これを覆すことはきわめて困難である。
2. 負担付譲渡における「負担(債務)」の特定性と解除の要件
譲渡契約の「負担不履行」や「債務不履行解除(民法542条等)」を主張するためには、譲受人が負うべき具体的な債務内容(どのような体制・資金・設備を・いつまでに確保・維持すべきか)が客観的に特定されている必要がある。「事業化に尽力する」「研究環境を維持する」といった抽象的な期待や了解程度では、法的効力のある債務(負担)とは認められず、これを理由とした契約解除は認められない。
3. 企業法務・知財実務における予防法務上の留意点
大学発ベンチャーやスタートアップにおいて、発明者(研究者・創業者)から会社へ知的財産権を移転する際は、事後に「研究開発の継続が条件だった」「将来の還元約束があった」といった紛争が生じないよう、職務発明規程の整備や、権利譲渡対価・ライセンス還元・新株予約権付与等に関する確定的な契約書(IP譲渡契約・成功報酬契約等)を出願前に早期締結しておくことが不可欠である。
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