1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許第6432948号(発明の名称「自動運転制御装置」)の特許権者である原告(CASE特許株式会社)が、特許庁に対して行った訂正審判請求(訂正2024-390092号)につき、「本件審判の請求は、成り立たない」とした審決(本件審決)の取消しを求めた審決取消訴訟である。
【事実経過及び手続の経緯】
- 優先日:平成26年(2014年)9月30日(出願日:平成27年9月29日、設定登録日:平成30年11月16日)
- 本件訂正請求:原告は令和6年8月19日、特許請求の範囲請求項1等について、シートベルト非装着と判断された場合に基本モードへ切り替え、その後「高度自動化切替条件が成立した場合、自動で前記基本モードから前記高度自動化モードに切り替える」旨の構成(構成要件G等)を加える訂正審判を請求した。
- 本件審決:特許庁は令和7年10月16日、訂正発明1は本件優先日前に公知となった甲1(「LEGACYアイサイト取扱説明書」に記載された発明)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから独立特許要件(特許法126条7項・29条2項)を満たさないとして、訂正審判請求を不成立とした。
- 原告の請求:本件審決の取消し。
2. 判決の主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3. 主な争点
- 争点1: 引用発明の認定及び看過相違点の有無(「高度自動化モード」・「基本モード」の解釈)
特許請求の範囲における前掲語(「前記高度自動化モード」「前記基本モード」)の記載から、モード切替えの前後において動作する機能の組み合わせが完全に一致していることが要求されるか否か、また審決に相違点の看過があるか。 - 争点2: 相違点に係る容易想到性の判断の誤り(動機付け及び阻害要因の有無)
先進安全技術(ASV)に関する引用発明に対し、自動運転技術分野の周知技術(車線変更制御、右左折制御、駐車制御及び側方センサー)を適用することの動機付け並びに阻害要因の有無。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
知的財産高等裁判所(第1部)は、原告の主張する取消事由をいずれも排斥し、原告の請求を棄却した。
(1) 争点1(相違点を看過した誤り・クレーム解釈)について
原告は、特許請求の範囲に「前記高度自動化モード」「前記基本モード」と記載されていることから、切替えの前後で各モードにおいて動作・不動作となる機能の組み合わせが厳格に同一でなければならず、引用発明(EyeSightの一時停止解除後の復帰挙動)とは同一の機能に復帰しない点で相違すると主張した。
しかし裁判所は、以下の理由から原告の主張を退けた。
- 特許請求の範囲の記載:「高度自動化モード」と「基本モード」の間で、運転動作の数及び種類の組み合わせが全体を通じて完全に一致することを要する旨の直接的・間接的な記載はない。
- 明細書の記載:発明の詳細な説明(【0030】【0032】【0092】等)には、各運転モードにおいて実行させる自動制御機能や自動運転レベルを任意に設定・変更できる実施態様が示されている一方、組み合わせが固定されている実施態様や、一致させることの技術的意義・効果に関する記載は存在しない。
- 法的規範・解釈:「高度自動化モード」とは、「基本モード」よりも機能する運転動作の数が多いものであれば足りると解するのが相当である。したがって、引用発明における「一時停止の原因改善による復帰」(動作可能な機能数が増加する遷移)は、訂正発明1における「自動で基本モードから高度自動化モードに切り替える」構成に相当し、本件審決に相違点を看過した誤りはない。
(2) 争点2(相違点に係る容易想到性の判断)について
原告は、①ASV技術と自動運転技術の目的の違いによる動機付けの否定、②市販車取扱説明書という製品としての完成性による動機付けの否定、③側方センサーが存在しないことによる阻害要因の存在を主張した。
裁判所は、以下のロジックにより容易想到性を肯定した。
- 動機付け(技術分野・目的の共通性):運転支援(ASV)と自動運転は、外界認識・判断・操作を運転者とシステムで分担する際の比重が異なるにすぎず、安心・安全で快適な運転環境を提供するという目的を共通にする。本件優先日当時、ACC、レーンキープアシスト、車線変更システム等の組み合わせにより車両を自動制御することは周知技術であったため、引用発明に当該周知技術(車線変更・右左折・駐車制御)を適用する動機付けは十分に認められる。
- 製品の完成性と動機付け:引用発明が現実に販売された自動車の取扱説明書(完成品)であるからといって、当業者が当該発明の機能の一部を変更・追加する動機付けが否定されるものではない。
- 阻害要因の否定:引用発明が前方の周囲情報のみを取得していることは、側方センサーを追加することの阻害要因とはならない。車線変更制御等を実行するに際し、周知技術である側方センサーを設けることは当業者が適宜なし得たことにすぎない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 「前記[用語]」等の前掲語を伴うクレーム表現の解釈指針
クレーム上「前記高度自動化モード」等の表現が用いられている場合であっても、形式的な文言のみにとらわれず、明細書全体(特に実施の形態における設定変更可能性の記載)や課題・技術的意義に照らして解釈される。同一用語が複数回用いられていても、モード間で実行される個々の制御機能の組み合わせまでが固定的・厳格に一致していることまでを要求するものではなく、機能的な包含関係・相対関係(動作数の多寡)を満たせば足りると判断された点は、特許クレーム解釈実務上極めて示唆的である。
2. 市販製品の取扱説明書を主引用例とする進歩性判断
市販製品の取扱説明書(甲号証)に記載された公知発明(主引用発明)について、「実製品として技術的に最適化・完成されていること」のみをもって構成の変更・追加の動機付けを否定することはできない旨が明確に示された。実務上、製品取扱説明書を引例とする進歩性反論において、「完成品ゆえの変更不可」という主張は通用しにくいことが確認された。
3. 運転支援技術(ASV)と自動運転技術の技術的連続性
ASV(運転支援)と自動運転技術は、システムと人間との役割分担の度合いの違いにすぎず、技術的手段や課題(走る・曲がる・止まるの支援及び安全・快適性の向上)を共通にするため、両分野間における相互の技術適用(周知技術の組み合わせ)に対する動機付けは広範に認められる傾向が本判決でも踏襲されている。
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