1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、発明の名称を「正圧ガスを使用する外科吸引装置」とする特許出願(特願2018-545340号)の出願人である原告(コンメッド コーポレイション)が、特許庁による拒絶査定不服審判請求不成立審決(不服2023-15352号)の取消しを求めた事案である。
特許庁(被告)は、本願発明(請求項1)は引用文献1(米国特許出願公開第2017/0014559号明細書)に記載された引用発明と実質的に同一であり、特許法29条1項3号(新規性欠如)に該当して特許を受けることができないと判断した。これに対し原告は、特許庁による引用発明の認定および本願発明との対比に複数の誤り(特に構成要件の認定、流体連通構造の認定、および複数実施形態の不当なモザイク的統合)があるとして本件訴訟を提起した。
2. 判決の主文
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
3. この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
3. 主な争点
- 争点1: 「外科手術用ツール」の認定の誤りの有無(引用文献1中の「結合し得る(may be configured to couple)」との記載から、外科器具を構成要素として含む引用発明を認定できるか)
- 争点2: フィルタ位置・流体連通関係の認定の誤りの有無(キャニスタ出力ポートとフィルタ入力ポートとの流体連通関係が引用文献1に開示されているか)
- 争点3: 導管の形成態様の認定の誤りの有無(特定の実施形態における導管構造を、システム全体の吸引装置に適用して認定できるか)
- 争点4: 異なる実施形態のモザイク認定の誤りの有無(単一文献中の別個の章・実施形態に記載された複数の要素[吸引装置、逆流防止弁、吸引システム]をひとまとまりの引用発明として統合・認定したことの適否)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
裁判所は、原告が主張するいずれの取消事由も理由がないとして請求を棄却した。その判断ロジックは以下のとおりである。
(1) 「外科手術用ツール」の認定について(争点1)
引用文献1には「いくつかの実施形態では、吸引アタッチメント2552は、外科器具に結合するように構成してもよい」と明示的に記載されている。この記載は、吸引アタッチメントが外科器具に結合する構成を実施形態として具体的に開示しているものと認められる。したがって、同記載に基づき「吸引アタッチメントに結合された外科器具」を含む構成を引用発明として認定し、本願発明の「外科手術用ツール」に相当するとした審決の判断に誤りはない。
(2) フィルタ位置・流体連通関係の認定について(争点2)
引用文献1には、流体分離器が液体、固形物及びガスを回収キャニスタへ排出し、その後ガスが吸引装置によって吸引されてフィルタにより要素が除去される旨の記載がある。これに加え、医療用吸引装置においてキャニスタに吸入・排出ポートを設け、ガスを含む排出物を受け取った後に排出ポートからガスを排出させることは「技術常識」である。当業者は同記載および技術常識に基づき、ガスが回収キャニスタから流体分離器を経て吸引・フィルタリングされる構成(流体連通)を直接理解できるため、系統が分離しているとする原告の主張は採用できない。
(3) 導管の形成態様およびモザイク認定について(争点3・争点4)
引用文献1において、全体システム(2500)を構成する吸引装置(2510)は、先行する各実施形態(100、300、1200等)の「一例」とされ、さらに逆流防止弁を備えた吸引装置(2100)もそれらの一例として明記されている。また、逆流防止弁(2200)についても、吸引装置2100に適用される逆流防止弁(2116)の一例として言及されている。
このように、単一の刊行物内において各構成要素の選択肢が上位概念・共通例示を介して相互に参照・結び付けられている場合、当業者は特定の選択肢を組み合わせた具体的な技術的思想を当該文献に開示されたものとして一連に認識・抽出できる。したがって、各実施形態を統合してひとまとまりの引用発明として認定したことは正当であり、不当なモザイク認定には当たらない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 単一文献内における複数実施形態の組合せ(モザイク的認定の許容性):
特許法29条1項3号の新規性判断において、単一の引例から異なる実施形態の要素を組み合わせることは原則として慎重であるべきとされる。しかし本判決は、明細書本文中で各要素(装置、弁、全体システム)が相互の具体例・選択肢としてクロスリファレンス的に言及されている場合には、それらを組み合わせた構成も「引用文献に現実に記載された技術的思想」として抽出可能であるという実務判断を示した。引例中の「例示」言説の連鎖構造を緻密に追跡・反論する必要性を再確認させる事例である。 - 「~し得る(may be ...)」等の任意的記載の引例適格性:
特許実務上、「may be configured to...」等の任意・選択的表現であっても、当業者にとって具体的な一実施形態として開示されていると認識できる程度に至っていれば、新規性を否定する構成要件の開示(引用発明の構成要素)として十分に認定され得る点が確認された。 - 記載不備・省略部分に対する「技術常識」による補完の限界:
配管系統の具体的接続(流体連通)が図面等で一部省略・曖昧であっても、明細書の文脈および当該技術分野の技術常識を参酌して当業者が一義的にその経路・機能を把握できる場合には、引用文献の開示範囲内として新規性欠如の対比対象となる。出願人側としては、単なる図示の不足を突くだけではなく、技術常識に照らしてもその流路が成立しない・別個の技術的意義を有する旨の積極的立証が求められる。
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