【知的財産高等裁判所 / 2026年8月10日】令和7年(行ケ)第10080号 - 審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被告(特許権者:中国科学技術大学)が保有する「三次元画像化可能な顕微鏡及び画像化方法」に関する特許(特許第7032817号)に対し、原告(ライカ マイクロシステムズ)が無効審判を請求したところ、特許庁が無効審判請求不成立(本件訂正を認容した上で特許維持)の審決をしたため、原告がその審決の取消しを求めた事案である。

【主な事実経過】

  • 特許出願・登録:2016年12月6日出願(優先日:2016年10月26日・中国)、2022年3月1日設定登録。
  • 特許無効審判請求:原告が2023年5月25日に無効審判(無効2023-800031号)を請求。被告は訂正請求(本件訂正)を実施。
  • 特許庁審決:2025年4月7日、本件訂正を認めた上で「審判の請求は成り立たない」との審決。
  • 本訴提起:原告は審決取消事由として、進歩性欠如に係る相違点認定の誤り(取消事由1)およびサポート要件違反の看過(取消事由2)を主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

3. 主な争点

  • 争点1(取消事由1:相違点の認定及び容易想到性判断の適否): 本件発明1等と主引用文献(甲1:diSPIMに関する文献)との相違点2(試料と励起・検出装置との相対運動速度が「0.1mm/s以上」である点)に関し、甲1の開示内容から実質同一であるか、または当業者が容易に想到できたか。
  • 争点2(取消事由2:サポート要件適合性): 本件発明10に記載された「走査解除手段(デスクキャン手段)」が、特許法第36条第6項第1号(サポート要件)を満たしているか(用語の意義が不明瞭で発明の詳細な説明に記載がないといえるか)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 相違点2に関する進歩性の判断(取消事由1:不採用)

  • 甲1の記載内容の評価: 原告は、甲1に「0.1mm/s」の実装や低速による量子化誤差の改善動機が開示されているため相違点2は実質同一または容易想到であると主張した。しかし、甲1の該当箇所における「0.1mm/s」は、ステップサイズを推定するために便宜上用いた「仮定のステージスキャン速度」にすぎず、実際の測定・実装速度ではない。
  • 動機づけの否定: 甲1中の「低速のステージの量子化誤差」という言及は、計算値と測定値の不一致の原因として推測される複数の要素の1つとして例示されたにすぎない。したがって、甲1から「0.1mm/s以上の速度に向上させること」についての示唆・動機づけは認められない。
  • 結論:相違点2は実質同一ではなく、容易想到ともいえないため、本件各発明の進歩性を肯定した審決の判断に誤りはない。

(2) サポート要件適合性の判断(取消事由2:不採用)

  • 請求項及び明細書の文脈的解釈: 原告は「走査解除」が一般的用語ではなく「走査している状態を止めること」としか解釈できないと主張した。しかし、請求項10及び明細書の記載から、「走査手段」が励起光束を走査するものである以上、それと同期作動する「走査解除手段」の対象も光であり、「光が走査されている状態を走査されていない状態に戻す(デスクキャンする)手段」を意味すると解するのが合理的である。
  • 明細書の開示: 明細書中には、共焦点走査型画像化の構成において励起光路と検出光路で共用される2次元走査手段(ガルバノミラー等)が記載されており、当業者であればこれが走査解除手段に該当することを十分に理解できる。
  • 結論:本件走査解除手段は発明の詳細な説明に実質的に記載されており、サポート要件に違反しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 引用文献中の「仮定値・推測要因」に基づく容易想到性主張の限界: 先行技術文献に特定の数値(本件では0.1mm/s)や課題要因(量子化誤差)が記載されていても、それが計算上の仮定値や単なる推測要因の列挙にとどまる場合、実質的開示や設計変更の動機づけ・示唆として認定されないことが再確認された。数値限定発明の進歩性を争う際、引用文献の文脈(実測値・推奨値か、単なる計算パラメータか)を厳格に分析する必要がある。
  • 特許請求の範囲における新規・非慣用専門用語のサポート要件判断: クレーム上の用語(「走査解除」)が一般的な専門用語として定着していない場合であっても、明細書の技術的文脈および当業者の技術常識(共焦点顕微鏡における光路・デスクキャン光学系の共通認識)に照らしてその技術的意義・具体的態様が一義的に理解できるのであれば、サポート要件(特許法36条6項1号)は満たされるという標準的解釈枠組みを示している。

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