【知財高裁 / 2026年06月23日】令和7年(行ケ)第10055号 - 15-ケト-プロスタグランジン類を含む薬物誘発性便秘処置用組成物特許の審決取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
原告:沢井製薬株式会社(ジェネリック医薬品メーカー)
被告:スキャンポ・ファーマ・アメリカズ・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー(特許権承継人)
脱退被告:スキャンポ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング(当初特許権者)
被告補助参加人:ヴィアトリス製薬合同会社

【手続経過】
脱退被告は、優先日を平成13年5月2日とする特許出願(特許第4332353号「15-ケト-プロスタグランジン類を含む薬物誘発性便秘処置用組成物」)の設定登録を受けた。原告は特許無効審判(無効2023-800077号)を請求し、脱退被告は請求項2及び3の削除を含む本件訂正を請求した。特許庁が本件訂正を認めた上で審判請求を不成立(請求項2, 3は却下)とする審決をしたため、原告がその取消しを求めて提訴した。

【請求内容・発明の骨子】
本件訂正発明4(請求項4)は、有効成分として「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-プロスタグランジンE1(本件PGE1化合物)」を含有する、オピオイド化合物または抗コリン作用薬による「薬物誘発性便秘処置用組成物」である。原告は、①進歩性欠如、②実施可能要件違反、③サポート要件違反、④明確性要件違反を主張して審決の取消しを求めた。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用(補助参加により生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 無効理由1(進歩性欠如)に関する認定判断の誤り(取消事由1)
    主引用例(甲3)に記載された「13,14-ジヒドロ-15-ケト-16,16-ジフルオロ-PGE2メチルエステル(甲3のPGE2化合物)」から本件PGE1化合物への構造変換の容易想到性、技術常識の認定(PG類の生理活性の多様性、小腸炭マーカー移動度試験の評価手法)、及び鎮痛作用を損なわない便秘改善効果の顕著性の有無。
  • 争点2: 無効理由3(サポート要件違反)に関する認定判断の誤り(取消事由2)
    本件明細書の実施例において、比較例の薬物との相対的比較や糞便の直接評価が欠けていることが、課題解決の認識可能性を否定するか否か。
  • 争点3: 無効理由2(実施可能要件違反)に関する認定判断の誤り(取消事由3)
    実施例の薬理データ・評価手法の適切性と、当業者が過度の試行錯誤を要することなく実施できるか否か。
  • 争点4: 無効理由4(明確性要件違反)に関する認定判断の誤り(取消事由4)
    「薬物誘発性便秘処置用組成物」との記載における効果の程度の境界の明確性。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

1. 取消事由1(進歩性欠如)について:原告主張棄却

  • 技術常識の認定:
    • 化学構造の相違が薬理活性に影響を与えることは技術常識であり、「プロスタグランジン(PG)類だからといって全てが同様の生理活性を有するわけではない(技術常識B)」との認定に誤りはない。
    • 「大腸での移動度や肛門の状態を確認することなく、小腸における炭マーカーの移動度のみにより、薬物誘発性便秘及びその改善を評価すること(技術常識E)」は、1940年代以降、慣用的な手法(チャコール・ミール試験)として確立されていたと認められる。
  • 相違点1(化合物構造の容易想到性): 甲3における最良の被験薬(被験薬8)は、甲3が好ましいとする態様(5-6位二重結合等)を全て備え、エンテロプーリング作用が最も優れ腸管収縮作用も軽微な化合物である。したがって、当業者があえて5-6位の二重結合を単結合化し、1位のエステルを遊離酸に構造変換して本件PGE1化合物へと変更する動機付けはない。
  • 相違点2(用途の容易想到性)及び顕著な効果: 本件明細書の実施例1~5に基づき、本件PGE1化合物はオピオイド(モルヒネ)等の主作用である鎮痛作用に影響を及ぼすことなく、薬物誘発性便秘に対して用量依存的な顕著な拮抗作用を示すことが認められる。これは既存の下剤(センノシド等)では認められない、当業者が予測し得ない顕著な効果である。

2. 取消事由2(サポート要件違反)について:原告主張棄却

医薬用途発明において、課題(オピオイド等の主作用を損なわずに薬物誘発性便秘を改善すること)を解決できることを認識させるために、「比較例の薬物との間で相対的に強い拮抗作用を有すること」の証明までを求める法的根拠はない。本件明細書の実施例1, 3, 4に記載されたデータ(モルヒネの鎮痛効果を維持しつつ便秘を改善する結果)により、当業者は本件各訂正発明が課題を解決できると十分に理解できる。

3. 取消事由3(実施可能要件違反)について:原告主張棄却

実施例における試験設計(150分後の盲腸への炭マーカー到達度評価)は、チャコール・ミール試験の基本的考え方を踏襲した適切な評価手法である。また、本件PGE1化合物自体は過度の試行錯誤を要せずに製造可能であるため、当業者が過度の試行錯誤なく本件発明を実施することができる。

4. 取消事由4(明確性要件違反)について:原告主張棄却

特許請求の範囲の記載(有効成分、用途、剤形)は当業者にとって明確であり、第三者の利益を不当に害するほど不明確な点は存在しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 最良化合物からの構造変換における動機付け(阻害要因アプローチ): 引用発明における最も優れた活性・好ましい構成要素を有する化合物から、あえてその好ましい構造要素(本件では5-6位の二重結合)を排除した化合物へと改変することについての動機付け否定ロジックを再確認した事例である。
  • 薬理試験(スクリーニング手法)の妥当性評価: 臨床上の病態(全消化管での便秘作用)と実験スクリーニング手法(小腸のみの炭素末移動評価)が一見完全に一致していなくても、出願当時の技術常識として慣用的な評価手法(チャコール・ミール試験)として定着しているものであれば、実施例・効果の立証データとして十分な客観性・妥当性を有すると判断された。
  • 医薬用途発明におけるサポート要件と比較対象: サポート要件の立証にあたり、既存薬や対照薬との「相対的な優越性」の立証は原則として不要であり、明細書の実施例から「発明の課題(主治療効果を害さない副作用改善等)」が達成されていることを当業者が認識できれば足りるという規範を明示している。

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