1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許第7270307号(発明の名称:自動運転制御装置)の特許権者である原告(CASE特許株式会社)が、特許庁に対し行った訂正審判請求(訂正2024-390094号)において、特許庁が「本件審判の請求は、成り立たない」とした審決(本件審決)の取消しを求めた審決取消訴訟である。
本件特許の訂正発明(訂正発明1、2及び7)は、車両の運転モードを「高度自動化モード」と「基本モード」との間で切り替える制御、並びに高度自動化モードにおいて実行される自動運転動作(自動発進/停止制御、車線変更制御、右左折制御、駐車制御等)に関するものである。
特許庁は、本件優先日前に刊行された「EyeSight取扱説明書」(甲1)に記載された発明(引用発明1〜3)及び周知技術に基づき、訂正発明1、2及び7は特許法29条1項3号(新規性欠如)又は同条2項(進歩性欠如)により独立特許要件(特許法126条7項)を満たさないとして訂正審判請求を不成立とした。これに対し原告が審決の取消しを求めて提訴した。
2. 判決の主文
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
3. 主な争点
- 争点1: クレーム解釈及び相違点看過の有無(理由1)
特許請求の範囲及び明細書等における「高度自動化モード」及び「基本モード」の解釈において、モード切り替え前后で自動実行される運転動作の数・種類の組み合わせが厳格に一致・復帰することを要するか否か、並びに引用発明1との相違点の看過があるか否か。 - 争点2: 択一的記載における新規性・進歩性判断の適否並びに容易想到性の有無(理由2)
択一的に記載された構成要件に対する新規性・進歩性の判断手法の適否、先進安全技術(運転支援技術)に対する自動運転技術(周知技術)の適用・組み合わせに係る動機付けの有無、及び阻害要因(側方センサーの追加等)の有無。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
知的財産高等裁判所(第1部)は、以下の論理により原告の請求を棄却した。
(1) 争点1(クレーム解釈及び相違点看過の有無)について
原告は、特許請求の範囲に「前記高度自動化モード」「前記基本モード」と記載されていることから、切り替えの前後において同一の機能が動作/不動作となる態様(運転動作の組み合わせが完全に一致するモード)に復帰するものと解釈すべきであり、引用発明1とは相違すると主張した。
しかし、裁判所は以下の通り判示し、原告の主張を退けた。
- 文言解釈・明細書等の記載:特許請求の範囲及び明細書の「発明の詳細な説明」のいずれにおいても、各モード間での切替え前後で運転動作の数や種類の組み合わせが常に完全に一致することを要する旨の記載も根拠もない。
- 実施形態の開示:明細書等には、各運転モードにおける自動運転レベルや実行させる制御を任意に変更できる実施形態が記載されており、動作の組み合わせが固定されている構成は開示されていない。
- モードの定義:「高度自動化モード」とは「基本モード」よりも機能する運転動作の数が多い(相対的に自動運転レベルが高い)関係にあれば足りる。
- 当てはめ:引用発明1における「原因改善によるEyeSightの復帰」は機能動作数が増加する遷移であり、「高度自動化切替条件成立時の高度自動化モードへの切替え」に相当する。したがって、審決に相違点を看過した誤りはない。
(2) 争点2(一致点・相違点の認定及び容易想到性)について
原告は、審決が新規性欠如と進歩性欠如の判断を混同していること、並びに引用発明に周知技術(車線変更・右左折・駐車制御等)を適用する動機付けの欠如及び阻害要因(側方センサーの不存在)を主張した。
裁判所は以下の通り判示し、審決の判断を正当とした。
- 択一的構成に対する判断手法:訂正発明の構成要件(1H/2H)に含まれる択一的構成のうち、「障害物認識時の自動停止制御」を選択した場合は引用発明のプリクラッシュブレーキと同一であり新規性を欠く(特許法29条1項3号)。その他の「自動発進、車線変更、右左折、駐車制御」を選択した場合は、引用発明との相違点となるものの、以下に述べる通り進歩性を欠く(同条2項)。審決は選択肢に応じた区別を行っており適法である。
- 動機付けの存在:先進安全技術(運転支援)と自動運転技術は、外界認識・判断・操作のシステムと運転者との分担比重が異なるのみであり、「安心・安全で快適な運転環境の提供」という目的を共有する。したがって、運転支援技術(引用発明)に対して、優先日当時周知であった自動運転技術(自動発進、車線変更、右左折、駐車制御等)を適用する動機付けは一般に肯定される。引用発明が市販車の取扱説明書(完成された製品)であることは、変更・追加の動機付けを否定する理由とならない。
- 阻害要因の不存在:引用発明の車両が前方情報のみを取得していることは、側方認識センサーを追加することの阻害要因とはならない。自動発進、車線変更、右左折、駐車制御等を実現するために、当業者が周知技術である側方センサーを適宜設けることは容易である。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- クレームにおける機能的・相対的モード概念の解釈指針:
「高度自動化モード」「基本モード」といった状態・モードを表すクレーム文言において、再掲(「前記〜」)されている場合であっても、明細書等に厳格な同一性(パラメータや機能構成の完全一致)を要求する限定記載や技術的意義がない限り、相対的な高低関係(例:基本モードより自動実行機能数が多い)を満たせば足りると解釈される実務が確認された。クレームドラフティング及び訂正審判においては、用語の同一性主張がどこまで明細書等の裏付け(技術的意義・実施形態)を有するかに留意が必要である。 - 択一的記載(マルクーシュ形式的記載等)に対する新規性・進歩性の判断手法:
クレーム内に複数の選択肢(a, b, c...)が含まれる択一的記載の場合、一部の選択肢が引用発明と同一であれば当該選択肢において新規性が否定され、他の選択肢が引用発明+周知技術から容易想到であれば進歩性が否定される。審決がこれらを適切に切り分けて判断している場合、新規性・進歩性の混同による理由不備等の取消事由は認められない。 - 「運転支援技術」と「自動運転技術」との技術的適用可能性・動機付け:
ASV(先進安全技術/運転支援)と自動運転技術は技術的連続性を有しており、市販車の取扱説明書等に記載された技術(運転支援)であっても、周知の自動運転制御(車線変更・駐車等)やこれを実現する手段(側方センサー等)を組み合わせる動機付けは強く肯定される。市販製品の仕様であること自体は「最適化し尽くされているから変更の動機付けがない」という阻害要因にはならない点も実務上明確にされた。
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