【知的財産高等裁判所 / 2026年9月3日】令和7年(行ケ)第10101号 - 特許取消決定取消請求事件

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「磁気シールド材」とする特許(特許第7207706号)の特許権者である原告(北川工業株式会社)が、特許異議申立事件(異議2023-700722号)において特許庁がした訂正後の請求項1、5及び6に係る特許の取消決定(本件決定)を不服とし、その取消しを求めた事案である。
特許庁は、本件訂正発明が進歩性を欠くこと(取消理由1)、および導電層の厚みに関する「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚みを有し」との記載が特許法36条6項2号の明確性要件に適合しないこと(取消理由2)を理由として取消決定を下した。原告は、引用発明の認定や動機付け等の進歩性判断の誤り(取消事由1)および明確性要件判断の誤り(取消事由2)を主張した。

2. 判決の主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1:明確性要件(特許法36条6項2号)違反の判断の適否(取消事由2)
    導電層の厚みについて「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚みを有し」と規定した記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否か。特に、実施品パッケージ等の外部表示により確認できるとする主張の可否。
  • 争点2:進歩性(特許法29条2項)欠如の判断の適否(取消事由1)
    主引用発明(甲1)の認定の当否、および電磁波発生源の上に導電層を配しその上に磁性層を配するという配置順序(相違点2)の設計事項性・顕著な効果の有無(※裁判所は争点1のみで結論を導いたため判断を省略)。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、明確性要件違反(取消事由2)についての本件決定の判断に誤りはないとして、進歩性判断(取消事由1)を検討するまでもなく原告の請求を棄却した。具体的な判断ロジックは以下のとおりである。

(1) 「周波数帯に応じた」という記載の解釈と不明確性
「周波数帯」とは「ある二つの周波数の間の範囲」を意味するため、導電層の厚みと対応関係にある周波数の上限値および下限値が特定されなければ、当該導電層の厚みが「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた」ものであるか否かを判別することはできない。
本件明細書等の記載(図3等)を参酌しても、特定の厚みを有する導電層が上限値・下限値によって画される特定の周波数帯に「応じた」ものといえるか否かを判断することはできず、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。

(2) 製品パッケージ・コード表示等の外部表示による技術的範囲画定の否定
原告は、実施品において「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯」が商品パッケージや二次元コード等で直接的・間接的に示されるため確認可能である旨主張した。しかし裁判所は、以下の理由からこれを退けた。

  • 特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められ、明細書及び図面を考慮して解釈されるべきものである(特許法70条)。
  • 特許請求の範囲外である「商品パッケージ等による表示の有無及び内容」によらなければ技術的範囲に含まれるか否かの判断ができないとすれば、当該特許請求の範囲の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといわざるを得ない。
  • 客観的に同一の物であっても、外部表示の有無や内容によって技術的範囲に含まれるか否かが分かれ得ること自体、特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であることの帰結にほかならない。

(3) 結論
したがって、本件訂正発明1(およびこれを引用する請求項5、6)は特許法36条6項2号に違反し、特許取消決定(特許法114条2項、113条4号)は適法である。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 物同一性と「外部表示・主観的目的」による技術的範囲特定の限界:
    物の発明において、「〜に応じた[数値範囲]」のように使用目的・用途や外部パラメータへの適合性を用いて特定する場合、客観的な物が同一であるにもかかわらず、販売時のパッケージ表示やカタログ記載、製作者の意図等によって属否が変動するようなクレーム表現は、特許法70条および36条6項2号に照らして明確性要件違反となることが改めて明確に示された。
  • パラメータ・相関関係を特定事項とする場合のドラフティング実務:
    対象周波数等の外部条件と構成要件(厚み等)との相関関係をクレームアップする場合、明細書中においてその「対応関係の基準(閾値や数式、上限・下限を画定する客観的ルール)」を明確に開示・定義するか、あるいは単に導電層の客観的厚み(数値範囲)のみに限定して用途限定は独立クレームから除外するなど、第三者が完成物から客観的に属否を判別できるクレーム設計が実務上不可欠である。

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