【知財高裁 / 2026年8月27日】令和8年(ネ)第10023号 - 特許権侵害差止等請求控訴事件(電気コーヒーメーカー事件)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、発明の名称を「電気コーヒーメーカー」とする2件の特許(特許第6376369号[本件特許1]、特許第6593723号[本件特許2])を有する控訴人(原告・特許権者)が、被控訴人ら(被告ら)による被告製品の輸入、製造、販売等の行為が上記各特許権を侵害すると主張した事案である。
控訴人は、被控訴人らに対し、特許法100条1項に基づく輸入等の差止め、同条2項に基づく製品および金型の廃棄、ならびに不法行為に基づく損害賠償金3000万円および遅延損害金の連帯支払を求めた。
原審(大阪地方裁判所令和6年(ワ)第2606号)が控訴人の請求を全部棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴を提起した(なお、控訴審において控訴人は本件発明1に関する均等侵害の主張等を一部撤回している)。

2. 判決の主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1-2:本件発明1の構成要件D-1の充足性
    (被告製品が「ボイラーで沸かした湯はスチームが発生する前に…ヒータをOFFしてスチーム圧力を発生させない」構成を備えるか否か、低気圧環境・センサの熱時定数を踏まえた温度制御の評価)
  • 争点2-6:本件発明2に関する均等侵害の成否
    (ヒータを「ボイラー容器の中空に吊り下げ」る構成に対し、被告製品のようにボイラー底面に接触固定させた構成が均等の第5要件[意識的除外・特段の事情]に抵触するか否か)

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

裁判所は、原判決の判断を引用した上で、控訴審における補充主張に対し以下のとおり判示し、被告製品はいずれの特許権も侵害しないとして控訴を棄却した。

(1) 構成要件D-1の充足性について(非充足)

  • クレーム解釈:構成要件D-1にいう「スチーム」および「スチーム圧力」は、これらが発生する前にヒータをオフにすると規定されている文言に照らし、「湯の沸騰による水蒸気及びこれにより生じる圧力」を意味すると解される。
  • 当てはめ:控訴人が提出した高地(氷ノ山キャンプ場:気圧915hPa)での実験報告書(甲45)においても、被告製品は湯温が97℃に達して「沸騰した」後にヒータがオフになっており、スチームおよびスチーム圧力が発生していると認められる。
  • センサの特性と実湯温:被控訴人側の実験(乙46)によれば、サーミスタが97℃を検知してヒータをオフにする際、サーミスタの熱時定数(10秒)に起因する検知遅延およびボイラー内圧の上昇に伴う沸点上昇により、実際の湯温は100.7℃に達していた。控訴人の主張する理論的計算(時間差なく等しいとする主張)は、経時的な温度変化を前提としない公式に基づいているため採用できない。したがって、被告製品は構成要件D-1を文言上充足しない。

(2) 本件発明2の均等侵害の成否について(不成立)

  • 出願経過(包袋)の認定:控訴人は、審査段階での拒絶理由通知に対し、「ヒータを内蔵してボイラー容器の中空に吊り下げ」る限定補正を行うとともに、意見書において「ヒータはボイラーの水中に吊り下げるように構成するとボイラー底全面が給湯孔のために使用できるので構成が大変簡単になる」などと記載して先行技術との差異を強調し、特許査定を得ていた。
  • 意識的除外(第5要件):上記経緯に照らせば、特許権者は少なくとも「ヒータがボイラーの底面に接触して固定されている構成」については、本件発明2の技術的範囲から意識的に除外したものとみるのが相当である(特段の事情の存在)。
  • 当てはめ:被告製品のヒータは、ボイラー底面に沿う形で底部を2周し、底部に接触して固定されている。したがって、均等の第5要件を欠き、均等侵害は成立しない。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 温度制御クレームにおける「熱時定数」等の物理的時差の立証:温度センサー(サーミスタ等)の検知温度をトリガーとする制御構成(「スチーム発生前にヒータOFF」等)の充足性立証において、センサの熱時定数や容器内圧による沸点変化に伴う「センサ検知温度と媒体の実温度の乖離」が精緻に検討されている。センサ制御に関する技術的範囲の属否を巡る実務上、センサ追従性の遅延を考慮した実験データの設計・反論が極めて重要となる好例である。
  • 限定補正および意見書による意識的除外(均等論第5要件):拒絶理由通知に対し、構造的限定(中空に吊り下げる)を付加する補正を行い、かつ意見書でその配置構造による固有の効果(底面スペースの確保等)を主張して特許を取得した場合、それと対比される構成(底面に固定する構成)は意識的除外と評価され、均等論の主張が遮断される。出願実務における意見書作成時の限定的陳述のリスク、および侵害訴訟における第5要件(審査経過禁反言)適用の典型的な判断枠組みを示している。

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