【知財高裁 / 2026年07月01日】令和7年(行ケ)第10100号 - 審決取消請求事件(ロボットの眼画像制御に関する進歩性判断)
1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、原告(GROOVE X株式会社)が、発明の名称を「ロボット、プログラム及び方法」とする特許出願(特願2022-177451号、優先権主張日:2017年9月11日)に対する拒絶査定不服審判請求を不成立(請求不成立)とした特許庁の審決(不服2024-7356号)の取消しを求めた審決取消訴訟である。
本願発明(請求項1)は、ロボットの表示装置に表示される眼画像において、瞳領域を振動させつつ軸点を波状に移動させる制御(人間の眼球運動である「固視微動」のドリフトやトレモア等をシミュレートして生物感を高める制御)を備えたロボットに関するものである。
特許庁(審決)は、主引用発明(甲1発明:表示素子による人工目を有するロボット)に、副引用発明(甲3発明:プロジェクタで高速な眼球運動を表現するロボットの目)または副引用発明(甲2発明)を適用し、かつ固視微動に関する技術常識(周知事項:甲5)を考慮することにより、当業者が容易に想到できたとして進歩性を否定した。原告は、審決における副引用発明の認定および相違点1に関する容易想到性の判断に誤りがあるとして審決取消しを請求した。
2. 判決の主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3. 主な争点
- 争点1: 甲3発明の認定の誤り(取消事由1)
引用文献3(甲3)が「人間のような高速な眼球運動(サッケードや固視微動)を表現するために」という目的・課題を持った発明と認定されたことの当否。 - 争点2: 甲2発明の認定の誤り(取消事由2)
引用文献2(甲2)の「瞳孔応答」等の動きが、本願発明の2次元画面における「軸点を中心として瞳領域を振動させ」る構成に相当すると認定されたことの当否。 - 争点3: 周知事項(固視微動)に基づく相違点1の容易想到性判断の誤り(取消事由3)
主引用発明(甲1)に副引用発明(甲3等)および周知事項(固視微動)を適用する動機付けの有無、並びに人間の眼球運動をロボットに適用することに対する技術的阻害事由(不気味の谷現象等)の有無。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
知的財産高等裁判所(第4部)は、以下のとおり判断し、原告の請求を棄却(審決の判断を支持)した。
(1)取消事由1(甲3発明の認定の誤り)について
引用文献3(甲3)の記載によると、同文献は従来の機械的カメラ構造の限界から「人間のような高速な眼球運動(サッケードや固視微動)を表現することは難しい」との課題を認識し、プロジェクタ投影を用いることで「高速な眼球運動を可能にする」とともにロボットとしての親しみやすさを兼ね備えた目を表現することを目的としている。したがって、審決が甲3発明を「人間のような高速な眼球運動(サッケードや固視微動)を表現するために」と認定した点に誤りはない。
(2)取消事由3(周知事項に基づく相違点1の判断の誤り)について
ア 適用動機付け及び容易想到性
甲1発明は「より生物に近づき、親近感を高められた人工目を持つロボット」に関するものであり、甲3発明も「高速な眼球運動(固視微動を含む)を表現して親しみやすさを兼ね備えたロボットの目」に関するものである。両者は「ロボットに親しみやすさを与え、コミュニケーションを高めるために生物・人間の目の動作を表現する」という課題および技術思想において共通している。
したがって、甲1発明に甲3発明を適用する強い動機付けが存在し、その際に周知事項である「固視微動(マイクロサッカード、ドリフト、トレモア等の構成要素)」を考慮して相違点1に係る構成(軸点を中心とする瞳領域の振動および波状移動)とすることは、当業者が適宜なし得る設計的事項(容易想到)である。
イ 阻害事由(人間の眼とロボットの差異・「不気味の谷」等)の不成立
原告は「人間の眼球の特徴を適用してもコミュニケーション向上には必ずしもつながらない」「人間らしさを追求すると『不気味の谷』が生じるため阻害事由になる」旨主張する。しかし、以下の理由から原告の主張は採用できない。
- ロボットを親しみやすくするために人間の眼の特徴を適宜採用することは当業者の設計選択の範囲内である。
- 本件において固視微動を適用することでロボットが不気味に感じられるといった証拠は存在しない。むしろ、本願明細書自体の記載によれば「固視微動に似た動きをさせることにより生物感がいっそう高まる」とされており、不気味の谷が生じるような阻害事由があるとは認められない。
- 固視微動とコミュニケーション向上との関連性についても、引用文献3においてすでに技術的に示唆・記載されている。
(※取消事由1及び3に基づき進歩性欠如が肯定されるため、取消事由2等のその余の点を判断するまでもなく請求棄却となる。)
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 生体・人間工学的挙動(固視微動等)のUI/UXソフトウェア制御への適用と進歩性
人間の生理的現象(固視微動、瞬き、瞳孔反応等)を解析・モデリングしてロボットやキャラクタ画面制御に適用する発明において、従来技術(甲1・甲3)に「生物らしさ・親近感の向上」「人間の目の動きの表現」という上位の課題・思想が示されている場合、公知の生理現象(周知事項)をアルゴリズムとして具現化・設計変更することは容易想到と判断されやすい。 - 「不気味の谷(Uncanny Valley)」や心理的現象を理由とする阻害事由の主張限界
ロボティクス・CG分野でしばしば主張される「リアルに近づけすぎると不気味に感じられる(不気味の谷)」といった定性的な心理現象を進歩性の「阻害事由」として提示する場合、客観的な証拠(当業者における技術的障害を示す具体的データ等)の立証が必要である。特に「本願明細書において自らその構成が生物感や良好な効果を高めると記載している場合」は、自ら阻害事由の存在を否定していると評価される点に留意すべきである。 - 副引用発明の目的認定における背景技術・課題意識の参酌
副引用文献(論文や研究報告書)から発明を認定する際、裁判所は単に実施例だけでなく「従来技術の課題(機械的駆動では不十分)」「研究の目的(プロジェクタ投影による高速運動表現)」という文脈全体から技術思想を認定する。引用文献の主題や文脈に沿った正確な認定が重視される実務が示されている。
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